ウルムチってどこ?
私がここウルムチに日本語教師としてウルムチにやってきたのが7月22日、そしてこの原稿を書いている今の日付は8月9日。というわけで、まだウルムチについて2週間ほどしか経っていません。さらに大学が夏休み中ということもあり活動らしい活動もしていないのですが、私のウルムチに対する印象などについて少し書いてみたいと思います。
ウルムチ配属が決まったのは今年の2月でした。家に到着したJICAからの合格通知書に「配属先:中国」と書かれてありました。もともと中国希望でしたので喜びつつも読み進めていくと「ウルムチ」の文字を見つけました。協力隊に参加する前に旅行会社に6年間勤めていたので大体の場所はわかりました。しかしながら、中国担当ではなかったため詳しい知識はゼロに等しく「こりゃまた、中国とは言え、随分遠くの任地になっちゃったなあ。」というのが第一印象でした。周囲の友人、家族にウルムチに行く事が決まったことを伝えると反応は様々でしたが、「ウルムチってどこ?」という声が一番多かったです。
NHKの新シルクロードで新彊の知名度があがりつつあるとはいえ、まだまだウルムチに対する知識は日本には浸透していないようでした。(私もよくわかっていませんでしたが)
本を読んでもどんな所かよくわからなかったので、シルクロードのツアーに何度も添乗したことのある前の会社の中国担当の同僚に「ウルムチってどんな所?」と聞くと、「ウルムチは大都会だよ。日本語ペラペラのガイドもたくさんいるよ。大向さん日本語教師の仕事なんて必要ないよ?」などと言われました。
「果たして実際ウルムチってどんな所なのだろう?」と思いつつ、北京よりウルムチへ向かったのは7月22日でした。ウルムチに近づくにつれて飛行機の窓から見えるのは荒涼とした黄色い大地でした。まさにシルクロードのイメージのままで心が躍りました。ところが、着陸前に窓から見えた景色は街の住宅街でした。そして、空港に着いて大学まで向かう道中でも、商店街やオフィスビルなどの街並みが車窓から見えて「シルクロード」のイメージからかけ離れた光景が目に飛び込んできました。
一番驚いたのは、街の中心部に行ったときです。町の中心部は高層ビルの立ち並ぶ近代都市といった風情でした。中心部を歩いていると大きなデパートや高級ホテルなどがあって中国の果ての街とは思えませんでした。
しかし、ウルムチが面白いところは街を歩いているとカラフルなスカーフを頭に巻いた女性や小さな帽子をかぶった髭面のおじさんたちと多くで会えることです。特に中心部から南に少し外れた「二道橋」周辺はウイグル族が多く暮らす地区になっていて、いたるところにモスクがあったり、露天で、漢族とは異なる彫りの深い顔立ちの人達がシシケバブや新鮮な果物を売っていたりと中国というより中央アジアという雰囲気です。ウルムチの街には、ウイグル族、カザフ族、モンゴル族、回族など42の民族が暮らしているそうで、そういった様々な少数民族が醸し出す独特な雰囲気がここウルムチの魅力なのかもしれません。
<人々との出会い>
ある日本人留学生の紹介で、ウイグル族の男性を紹介してもらい、最近は彼と遊ぶ機会が多いです。彼は35歳の公務員で、「今日暇か?ご飯食べにいかないか?」とか「何か困っていることないか?」とかお節介なぐらい私の事を気にかけてくれます。また、彼の紹介でウイグル族が学ぶ日本語学校へ行ってきました。この学校の学生は全員ウイグル族で、主に日本への留学を目指している大学生達です。しかし、彼らのほとんどは日本人にあったことはほとんどなく、「日本の気候について」とか「日本の学生生活について」とか「日本のアニメについて」とか、目を好奇心に輝かせて、初めて会う日本人である私に質問をしてきました。彼らとおしゃべりするのは私にとっても新鮮で愉快な時間でこの学校とはれからも付き合っていきたいと思っています。
また、先日、オートロックのドアなのに、家の鍵を家に置き忘れて外に出てしまい、家に入れず途方に暮れていた時、助けてくれたのは通りすがりのカザフ族のおばさんでした。夜の9時だというのに、私と一緒に門番のところにいって、どうすればいいのか聞いてくれたり、鍵の会社に電話してくれたり、嫌な顔一つせずに手助けしてくれました。11時ぐらいにやっと私の部屋の鍵が開きました。「本当にありがとうございます。迷惑をかけました。」と言うと「迷惑なんかじゃないわよ。あなたは私の弟と同じぐらいの年なの。弟を助けるのは当たり前でしょ。」と言われ、その親切さに泣きそうになりました。そして、自分の電話番号のメモをくれ、「何か困ったことがあったら連絡ちょうだい。あと、暇なとき食事を食べにいらっしゃい。」と言って自分の家へ帰っていきました。
私の活動はまだ2年ほどあるものの、2年間の間に大きな事を成し遂げるのは難しいかもしれません。しかし、普段の生活を通して、「日本は遠く離れていてよくわからないけど、以前、大向って奴が住んでいたなあ。あいつはいい奴だったなあ。」とウルムチに住むできるだけ多くの人達に思ってもらえるような生活をしたいと、このような人々の親切に触れて強くそう感じました。そういった些細なことの積み重ねが日中友好に繋がるのではないかと思うことができた約2週間のウルムチ生活の報告でした。
新彊師範大学 日本語教師 大向 宏