「中国の病院で活動するということ ―私の三大悩み事―」

 私は2006年7月より浙江省温州市にある眼科専門病院に看護師として派遣され活動している。早いのかやっとなのかよく分からないが、もうこの土地にきて半年が過ぎた。この半年、食事や気候・生活面に関しては大分慣れてきたが、活動面に関してはとても慣れたとは言えないのが現状である。そこで、今回は私がこの半年間で感じている活動での悩み事を3つあげてみようと思う。

 私がこの病院で活動を行う目的は、主に日本の看護紹介と中日看護の交流である。そして、協力隊を要請した上司は、第一に“交流”をあげていて、その為にこの2年間で病院内の6つの部署を移動してほしいと言っている。外来に始まり、手術室、病棟ともうすでに4つ目の部署となっているが、その移動が絡んでくるのが1つ目の悩みである。

 1つ目は中国人の名前が分からないことである。交流というからには、中国語でコミュニケーションをとらなければならない。そしてまず始めに同僚の名前を覚えなければ、話しかけられない。けれども人数が少ない部署ならよいが、2つ目の外来は看護師が24人いて、その全員といつもいっしょに働けるわけではないので、会う人ごとに名前をメモ帳に書いてもらい、ピンインを調べて覚えていった。そして覚えた頃にはまた移動で、振り出しに戻るのである。

 それだけならまだいいが、問題は病院であり、毎日毎日違う患者さんが来るということ、つまり患者さんの名前も分からないのだ。カルテの名前にピンインがふってあるわけもなく、検査や診察の順番が来ても名前を呼べない、呼べたとしても発音がおかしいのか、未だに不思議な顔をされることもしょっちゅうで、いつも同僚に助けてもらっている。

 2つ目は薬や物品の名前が分からないことである。中国は当たり前だが文字が全て漢字である為、英語ならまだ聞いたことがある名前でも、漢字表記となり名前を聞いても全くぴんとこない。日本と同じ処置方法で、多分使用している薬も同じだろうと思っても、まず英語名を調べて確認しないと確信できない。分からないものを使うということほど恐ろしいことはない。おかげで薬の説明書を集めるのが趣味のようになっている。

 3つ目は病院でなくとも、皆さんが感じていることだと思うが、方言が全く分からないことである。患者さんは比較的老人が多く、普通語が分からない人も多い。中国では常に家族の方がつきそっていて通訳してくれるが、家族も方言しか話せないとなると、結局また方言の分かる同僚を見つけなければならない。患者さんとコミュニケーションをとるのも一苦労なのだ。

 これら3つの悩みは、この2年間の活動中に解決するものではないかもしれない。けれども、分からないということから始まるコミュニケーションもあり、その都度同僚達に助けてもらっている。夢は中国人の名前がすぐに呼べるようになることだが、無理だとしても、それも交流なのかもしれないと思う今日この頃である。

18年度1次隊 温州医学院附属眼視光医院 看護師 高橋 恭子