韓国のお父さん、お母さん
「韓国にいるお父さんとお母さんに会いたいです。むかし家族4人でよく公園に行きました。その時がなつかしいです。」「今は勉強して大学に入って韓国で働いているお父さんとお母さんを喜ばせたいです。」「お母さんは韓国で朝から晩まで働いています。とても心配です。私のために外国に行きました。だから私は勉強を努力します。」「家族は別々ですが、わたしの家族は幸福です。」・・・高校1年生に自己紹介で自分や家族のことなど書くよう課題を出した作文に書いてあった言葉である。
クラスの3分の2の生徒達が自己紹介で韓国で働く家族への想いを書きつづっていた。その数の多さと、生徒の寂しい思い、そして「それでも頑張る」という積極的な姿勢に感動した。私が本校に赴任して間もない頃、知り合いの先生も少なかったので、学校の食堂で一人で食事をとることがあった。そんな時、生徒達はよく気にかけてくれ、そばに来て話しをしてくれたりした。同僚のある先生は、昼休みは家に帰って家族と昼食をとるのだが、生徒達に「どうして鳴海先生とご飯を食べてあげないのですか?鳴海先生が一人で食べていますよ。」と言われたという。
一人で行動することが少ない、という習慣もあるのかもしれないが、生徒達はこのように私が一人で行動しているとを非常に気にかけてくれる。一人で行動することをあまり気にしていなかった私には逆にとても新鮮で、有り難くその気持ちに感謝する毎日であった。生徒の作文を読んだ今では、生徒達の気持ちを「なるほど」と理解できる。故郷から遠く離れた地で一人で働いている私を見ると、彼らの親と重なるのではないだろうか。きっと、その心細さが痛いほどわかるのではないかと想う。「先生は寂しい時にどうしますか?私は誰もいない部屋で泣きます。」という手紙をもらったこともある。
この地域の朝鮮族の人々は中国の大都市に出るよりも、朝鮮語ができることをいかして韓国に出る人々が非常に多い。子どもの教育費や生活水準を上げるための資金を稼ぐため、という場合がほとんどである。実際に、夫や妻が仕事をするために韓国に行っている人々に話を聞くことができた。平均して4−5年働きに出る人が多く、男性だと建築現場、女性だと食堂での給仕や家政婦などの職種に就くのがほとんどのケースだという。仲介業者に代金を支払い、出入国の手続きや仕事先の紹介などを行ってもらう。その仲介料の返済があるので、最初の一年は生活費も含めて稼ぎはプラスにならない。そのため、4−5年は働き続けるのだという。
多くの食堂では12時間労働が多く、休みも少ない。中国の家族とは電話のみで連絡をとることがほとんどで「本当に大変だ」「過酷だ」と多くの人々が言う。両親と子供たちが、長い間離れることで、やはり距離感が生まれることは否めない。多感な十代を親と離れて暮らし、送金と電話だけで繋がっていることも多い。時には、お金の使い方や友達との接し方など、様々な問題が生じることもあり、マイナス面も取りざたされている。しかし、多くの生徒が「寂しいけれど頑張るのだ」と前向きに考え、すごしている限り、私は精一杯応援したいと思っている。
故郷から離れ、一人きりだ、と寂しい気持になることもある、しかし、ここでは多くの子供たちが前向きに暮らしている。休み時間など元気に走り回り、サッカーやバスケに興じている姿を見ると、私自身も「前向きに生きていこう!」と襟を正したくなる。日本語教師という立場を通して、生徒達、同僚の先生方と様々な交流をもち、実りある活動をしていきたい。微力ではあるかもしれないが、私にできる精一杯のことをしていきたいと思っている。その務めの一つとして、私自身が明るく元気に過ごしている姿は、肉親と離れて暮らす生徒達にとっても嬉しいことではないだろうか。「早く家族一緒に生活できますように。」と願う生徒たち。来たばかりの外国人への情の深さに触れて、これからの2年あまりの活動への更なるやる気が高まってくる。本当に良いところに来た、と思う毎日である。そして生徒も一人ではないし、私も一人ではない。多くの人々に支えられている。その事に感謝しながら、また明日の授業の準備をしようと思う。
18年度1次隊 永吉県朝鮮民族第一中学校 日本語教師 鳴海麻衣子