一年経って、あと一年
2008年10月11日。
「あっ、今日で中国に来て一年だ。」なんて、その日はふとそう思ったような気がする。ちょうど一年前に中国に来て、そしてちょうど一年後に中国を離れる。そう考えるととても変な気持ちだ。
中国に来てすぐは、なかなか周りを受け入れることが出来ず、何をするにも苦痛だった。一年経った今は気持ちに余裕ができ、まずは受け入れることから始めるようにしている。じゃあ、ここからの一年後はどうしているのだろうか?ちゃんと成長しているだろうか?活動は充実しているだろうか?そんなことを考えるとちょっと楽しくなる。
その一年が経った頃、縁あって北京の日本人中学校で活動発表をさせていただいた。どんな話をしたかというと、中学生の頃の話や、どうして幼稚園の先生になったのか、どうして協力隊に参加したのか、そして中国での活動や生活のことである。普段生活をしているとなかなかそこまでは振り返ることができないが、今回中学生に自分の経験を発表することになったおかげで、当時の思いなど沢山のことを思い出すことができた。
中学校で話した内容をちょっとだけ紹介したいと思う。
私が幼稚園の先生になりたいと思ったのは実は小学生の頃から。とにかくあかちゃんのぷにょぷにょすべすべした肌触りが大好きで、よく近所のあかちゃんのところへ遊びに行っていたのを思い出す。またその頃、縁があって産まれたあかちゃんの名付け親にもなった。そういうきっかけもあったからか、小学校からの夢が変わることなく幼児教育の仕事に就くことができた。
協力隊に参加したのは、ある一つのテレビ番組の影響からだ。それは東ちづるさんが出演していた「ドイツ国際平和村」のドキュメント番組。その番組を見てから、テレビの中の紛争地域などで犠牲になった子どもたちがなぜだか頭から離れなかった。そこから国際協力にちょっとずつ興味が湧き、今に至る。
こういうことを改めて思い出すとなんだか新鮮であり、また懐かしく感じる。
さて中国での活動だが、現在は湖南省株洲市の幼稚園で活動を行っている。一年経って「さぁこれからだ!」と言いたいところだが、実は私の配属先幼稚園が色んな理由で8月に廃園になってしまい、9月の新学期からは別の新しい幼稚園に行き始めた。
この時ほど人との繋がりのもろさを感じたことはない。配属先幼稚園が廃園になったのは私がいない間の出来事で、私が任地に戻った頃は子どもも先生もみんなどこかへ行ってしまい、幼稚園はすっかりもぬけの殻だった。お別れの言葉もなく、み〜んなバラバラになってしまった。もっとたくさん話したかった、もっと色んなことを一緒にやりたかった。その時はそんなことばかりを考えてしまい、ただただ後悔するだけであった。
以前の幼稚園で過ごした日々を振り返ると、私の活動はとてもスローペース。言葉が出来ないことを盾にし、心のどこかで後一年以上もあるから大丈夫という思いがあり、なかなか自分から積極的になることが出来ずにいた。
しかし今回のように別れはいつやってくるか分からない。私がここで過ごすのは2年間。だからこそ一日一日をもっと真剣に取り組み、もっと子どもや先生と向き合っていきたい。と、恥ずかしながら幼稚園が廃園になってからこういうことに気づいた。
今でもふとした時に以前の幼稚園の子どもや先生のことを思い出し、懐かしくなることがある。「元気かな?」「いま何しているのかな?」「会いたいな。」
しかし、幼稚園が廃園になったことは本当に残念でしかたないが、新しい幼稚園の子どもや先生との出会いはとても感謝している。新しい幼稚園との出会いがあったから、また新たに沢山のことを気づくことができ、笑顔で活動できている。
ちょうど一年が経つ頃、そして経ったとき、幼稚園の廃園や日本人学校での発表など色んなことがあった。いいことも悪いことも含め、これまでの活動を振り返り、これからの活動への姿勢や目標を改めて考えることができた。そう思うと、どの出来事も私にとっては必要な出来事だったのだろう。
これまでの一年も、これからの一年も、どちらも私にとって大切な一年である。(2008年12月)
19年度2次隊 湖南省株洲市嘉芯国際幼稚園 幼児教育 那須由美