中国のモンゴル族人

 内モンゴルの首府、フフホトに赴任して、早くも1年になる。

 私が活動している内蒙古民族高等専科学校は、名前の通り、モンゴル族の専科大学だ。校内を歩けば、聞こえるのはモンゴル語。職員会議や、学生同士のおしゃべりもすべてモンゴル語。朝6時からはモンゴル語の歌や馬頭琴の曲が校内放送で流される。教室にはチンギスハーンの肖像が飾られ、至る所にアラビア語を縦にしたようなモンゴル語表記があふれる。

 赴任当初は、ここは本当に中国だろうかと何度も懐疑的な気持なったものだが、最近は旅行などで中国語に囲まれると無性に不安になり、フフホトに戻ってスーテーチェ(モンゴルミルクティー)を飲むとホッとするから不思議である。相変わらずモンゴル語はさっぱり聞き取れないが、すっかり中国での故郷になりつつあるフフホトだ。
 
 モンゴル族は非常に恥ずかしがり屋である。体の大きな男の子も、話しかけると顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。その恥ずかしがり屋の人々が、どういうわけか歌に対しては羞恥心がない。歌い出すまでに散々渋るのに、歌い始めればこぶしの入った熱唱。授業中に「このクラスで一番歌が上手なのは誰?」と聞いてしまったために、カラオケ大会が始まり困ったこともある。

 また、彼らはのんびり屋でもある。「モンゴル族はのんびり屋ですから」と得意げに言い放ち、宿題をやってこないのには毎回辟易させられる。中国の学生は勉強熱心と聞いていたので尚更である。とは言え、自分も決して熱心な学生時代を送っていなかった私としては、そんな彼らの、大人に媚びない素直な所に愛着が湧いてしまうのも事実である。

 学生達からは毎日、モンゴル族とモンゴル文化について聞かされる。

 草原の美しさ、空の高さ、飛翔する鷹と遠くに散らばる羊の白、群れて走る馬。広い草原に居ると、心の底から自然と歌がわきあがってくるそうだと、財布に入れた馬の写真を見せながら自慢げに話している子が、実は町育ちで草原を見たことがなかったりするのだが、とにかくモンゴル族の心の中には草原と羊と馬が住んでいるようである。

 風邪を引いたと言えば「モンゴル族医者なら安心です!」、散髪したいと言えば、「あの美容院はモンゴル族人ですから上手です!」。なにを根拠にしているのか、「モンゴル族はすごいです!」と、モンゴル大絶賛の学生達についつい笑ってしまう毎日だ。

 強い民族意識は、中国の中に暮すからこそ生まれるものかもしれない。

 中国に来てから、自分は日本人だと強く感じることが度々ある。これは島国の日本に居ては感じられなかった感情だ。彼らも中国に生きるモンゴル族人として、より強く自分達の民族性を思うのだろうか。

 最近ではモンゴル文化を守ろうと思いながらも、子供達はモンゴル語の民謡よりも中国の流行歌を口ずさむようになり、モンゴル語での会話にも、中国語を多く織り交ぜるようになってきたという。

 近年砂漠化が深刻な問題となっている草原のように、モンゴル族の文化や誇りも失われつつあるのだろうか。しかし、彼らと彼らの文化がすっかり気に入ってしまった私としては、是非モンゴル族の文化と誇りを守り続けてほしいと願って止まないのである。

17年度2次隊 内蒙古民族高等専科学校 日本語教師 橋本愛子