異文化から見える沖縄との共通点

 私が中国の朝鮮族学校で働いていると言ったら、皆さんは想像できるだろうか。中国は56の民族が住む多民族国家であるが、その中のひとつに朝鮮族がある。

 朝鮮族の学校なので学生は朝鮮族で、教師も朝鮮族が多い。朝鮮族なのでもちろん母語は朝鮮語だ。しかしここは中国なので、二つの言語が入り混じった会話になり、それはとても面白い。

 先生方が途中まで中国語で話していて「理解できる」と思っていたら、突然朝鮮語に変わる。こういうのは良くあることで、朝鮮語の文の中のいくつかの単語だけが中国語というのもある。しかし近年生徒の中には、メディアの影響などから中国語の方が得意な生徒も多い。ここに沖縄県出身の私は沖縄と通じるものを感じる。もちろん私たち沖縄の若い人たちの中にも方言を話せる人はいるが、メディアの影響などから沖縄の方言を話せない人がだんだんと増えてきていることは否めない。朝鮮語と中国語・方言と標準語と規模は違うが、民族の言語が失われつつある今、失わないように残していこうという動きも沖縄と重なる。このように中国の中の朝鮮族は2つの言語をある程度話すことが出来るが、これが日本語の授業になると3ヶ国語が飛び交うクラスになる。

 これは余談になるが、私の学校の勉強時間は恐ろしい。授業は朝8時から始まるが、終わるのは夜7時20分で、時間割にして1日10時間の授業を学生はこなしている。寮生はさらに9時まで自習時間で学校に残って勉強する。これが月曜日から土曜日までである。これほど勉強していれば、中国の急激な経済成長も納得できるような気がする。

 話を戻して、もう1つ沖縄と通じるところは戦争経験があるということだ。私の住んでいる撫順市は元満州国だった地域である。そして「平頂山事件」が起こったことでも有名だ。これは日本軍がこの村に住んでいる人を集めて大量虐殺した事件だ。沖縄にいるとどちらかというと戦争被害者という意識が強かった。沖縄は唯一の地上戦で多くの民間人がなくなり、しかもそれは時間稼ぎのために行われた戦争。基地の多くも沖縄に押し付けられた現状で、無意識に被害者意識を持っていた。しかしここではそんな言い訳は通じず、もちろんどこから見ても加害者だ。

 最近1年生が学年行事で「平頂山記念館」に行った。そこには「平頂山事件」の概要や写真、殺された方々の骨の展示もしている。そこに学年全員で行って、日本語を学んでいる生徒がどう思うだろうか、学習意欲低下につながるのではないかと心配した。後日感想を聞くと、生徒達は「日本軍と一般の日本人は違います」と言ってくれた。だがもちろん生徒の中には「日本人は中国を侵略したので嫌いです」という生徒もいる。しかしその生徒も他の生徒が「じゃあ砂辺先生も嫌いですか」という質問に、「砂辺先生は優しいので好きです」と答えてくれたようで、これを聞き、私がここに来た意味・居る意味が少しはあるように思えた。

 外国に行くと違いにばかり目が向けられがちだが、似ている点を見つけ自分の文化を見直すことも大切だと思う。(2008年8月)

砂辺美紀 18年度3次隊・日本語教師 遼寧省撫順市朝鮮族第一中学