新疆でこそ見えること
新疆ウイグル自治区、ウルムチ市。この西域と呼ばれる町で生活を始めて半年が経とうとしています。シルクロードで有名なこの場所も皆さんが想像される以上の大都会。高層ビルやマンションが立ち並び、その発展ぶりには目を見張るものがあります。それでもビルとビルの間から覗く天山山脈に積もる万年雪や、遠く彼方に連なる乾燥地帯特有の地肌むき出しの山、バスで5分も行けば広がる乾燥した大地を見るにつけ、自分は今、新疆にいることを実感させられます。そして、町の北から南へ、その様子を眺めていくと漢民族・ウイグル族・カザフ族などの民族の生活を垣間見ることができ、大変興味深い気持ちになります。ここ、新疆でこそ見えること。それは最も東に位置する日本はいかに中国から多くの影響を受けてきたかということ、また中国自体も近隣諸国から多くの影響を受けてきたということ、即ち地球は一つに繋がっている、ということです。そしてここ新疆だからこそ日本人を含め様々な民族の文化を相対的に見ることができるのだと思います。
さて私は現在、新疆大学外国語学院日本語科にて日本語を教えています。この情報化社会のおかげで流行の音楽やドラマを通じ、日本の大衆文化に触れる機会が増えました。しかし彼らは日本に梅雨や台風、火山があるといった地理や気候に関する知識や労働、教育に関する問題などには詳しくありませんでした。例えば、「てるてる坊主」です。雨の多い日本で雨が降らないようにお願いするこの風習は、新疆にはまずありません。雨が滅多に降らない地域に住む彼らにとってとても新鮮なことだったようで、文化祭でもこぞって作っていました。新疆と日本、中国と日本を比較しながらそれぞれの環境や文化、そして言葉を学ぶ。それは新疆でこそできることではないでしょうか。日本という東の国の言語を学ぶ西の地域の学生達。私は彼らの思いに応えられるよう、精一杯応援をしたいと思います。
こちらの生活は1日1日が変化の毎日でもあり、発見の毎日でもあります。日本人としての自分の常識で物事を判断してはいけないことを常に感じます。だからこそ自分の中で新しい常識が再構築されています。それは私と対峙している現地の人々にも言えるかもしれません。そしてこの再構築が実は重要なことなのかもしれません。新疆でこそ見えること。日本語を通し、私はその再構築を続けて行こうと思います。(2007年10月)
新疆大学 日本語教師 松田理恵