看護の持つ力

この病院で活動を始めて、同僚達と仕事をしながら私が経験してきた看護を紹介すると「日本の女性は優しいから看護に向いてるわね」「中国は看護師の配置人数が少ないから」「ここは日本や都会の大病院のように物が揃っていないから」「しょうがない」という言葉をよく耳にしました。「看護はお金や物が揃っていないと出来ないのだろうか?」「忙しいと出来ないものなのだろうか?」「点滴や処置が重視され患者さんや家族に対する関心が低いのではないか?」ついつい日本で一緒に働いてきた同僚達と比べてしまう自分がいました。プライベートはとても充実していたのですが、忙しい病棟を手伝いに来ただけではないのかと悩んでいました。活動を始めて半年が経った頃、あることをきっかけに私の考え方は変わり、同僚との関係を深めることができました。私の経験をここで紹介したいと思います。

 1週間の北京での出張を終えて職場に戻ると、人工呼吸器を装着した中学生ぐらいの女の子がぐったりとベッドに横になっていました。同僚から経過を聞くと、「下痢が続きオシリが赤くただれ出血している。医師は軟膏を処方し看護師もトイレットペーパーで綺麗に拭きとっているが日増しにオシリのただれがひどくなっていきている」と、痛みに苦しむ少女。困り果てた師長さんから「日本ではどういう治療方法がある?」「軟膏は何を使っている?」と質問がありました。

 私はたどたどしい中国語で「日本で彼女のような状態にある患者さんの治療・看護に携わった経験がありますが、軟膏だけで改善する事は少なく、看護師はぬるま湯で刺激となっているものを優しく洗い流し、これを継続的に行ないます。」と答えました。この答えに傍にいた同僚達はがっかりした様子。1人の看護師が「玉田が戻ってきたら何か日本の良い方法を知っていると思ったんだけど」と言いました。この時ほど言葉が不自由であること辛いと想ったことはありません。この場で説明したいのに言葉がうまく出てこない。「私の方法を試してはダメですか?」と繰り返すだけでした。「まあ、他に方法はないし試してみて」という師長さんの言葉でこのミーティングは終了。「お湯で洗うってどうやって?」「夜勤の時はどうするの?」「ねぇ」と小さな声で意見を述べて次の患者さんのもとへと向かう同僚達。

 この病院では重症な患者さんであっても看護助手が患者さんの体を拭いたり身の回りのお世話をしています。毎日この少女の体を看ている看護助手の頼さんが「玉田姐、いい方法ない?かわいそうだよ」と私に訴えます。「すぐには良くならないかもしれないけど手伝ってくれる?」と答え早速準備にかかりました。ペットボトルの蓋に小さな穴をいくつか開けて即席のシャワー(ボトル)を作りました。「ベッドの上でお湯を使うの?」とビックリした様子の頼さんでしたが「拭くより絶対こっちの方が気持ちいいよ」とすすんで準備を手伝ってくれました。頼さんは少女に対して「日本のお姉さんがおしりを綺麗にしてくれるよ」と声をかけてくれました。少女にお湯の温度を確かめてもらい痛みがないか確認しながら洗い流していきました。洗ったあとは軽くタオルで水分を吸い取り軟膏を塗る。その日のICU看護師は覗きには来ましたがあまり関心がない様子でした。私は他のICU患者さんの看護をしながら、何度も少女が下痢をしていないか確認し、頼さんと共にケアを繰り返しました。宿舎に戻ってからもインターネットで情報を集めました。スタッフ全員に納得してもらい継続した看護ができないかと思ったからです。2日目、私の活動を中心となって支えてくれているカウンターパートの秀蘭さんがICU勤務でした。私は昨日から溜まっていた想いを抑えきれず「乾いた紙でゴシゴシしないで!」と興奮で言葉を詰まらせながらもジャスチャーを交えて彼女に訴えました。

 秀蘭さんは朝のミーティングで同僚達に「玉田がいる昼間だけじゃダメ夜勤も継続させないと意味がない」と訴えてくれました、この時ICUはとても重症な患者さんが多く多忙を極めていました。それを夜勤の看護師1人が管理していました。その忙しさと大変さが解るだけに言いたくても言えなかった言葉です。みんなの反応が気になりましたが秀蘭さんが私を信じてくれる事を支えにケアを続けました。三日目の朝、私は少女に「夜の看護師さんオシリ洗ってくれた?」と小声で問いかけました。小さく首を横に振る少女。出口のないトンネルに迷い込んだような気分でした。4日目、落ち込んだ気持ちで出勤してみると師長さんが私を呼びました。「見て!良くなってるよ。出血していた所が消えている」と。その日夜勤だった秀蘭さんが「夜4回洗ったものね。妹妹!」と少女に声をかけました。小さくうなづく少女。良くなっているといってもほんのわずかな変化でしかなかったのですが、スタッフの協力は大きく変わり、すすんで少女の状態を観察し、方法の1つ1つ話し合いながらケアを行なっていく姿勢が高まってきたのを感じました。スタッフ同士が色々相談しながら継続的な看護を続けていく中で、同僚達は自分達の看護が今まで治せなかったものを回復へと導いているという「看護の持つ力」を実感しているようでした。

 「忙しい病棟のお手伝いでいい、お手伝いすることで出来たゆとりで同僚達と共に看護について語り合い、共に看護が提供出来たらいいのではないか?」このように考えるようになってから私の活動の幅は広がり、同僚達との関係も深まっていっているように思います。

 残り活動期間は半年程となりましたが、楽しく時間がいくらあっても足りないくらい充実した日々を送っています。これは同僚をはじめとし、中国と日本で私を支えてくださっている皆さんのお陰だと感謝しています。 

17年度1次隊 広西壮族自治区貴港市人民医院 看護師 玉田美奈子