七三一部隊跡地の見学から学んだこと

「歴史を教訓に、未来を共創する」エッセイコンテスト:優良賞

人民網日本語版 2026年04月28日09:58

高校2年生の夏、中国哈爾浜(ハルビン)市郊外にある「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」に行った作者は、七三一部隊の事実を知り、様々な資料を目で見たことを通して、改めて戦争とはどういうことなのか、「平和」というのはどういうことなのかを考えた。


「日本もかつて人体実験を行っていたんです。」

耳につけたイヤホンから七三一部隊の解説の音声が次々と流れていき、初めて知る事実に理解が追いつかなかった。知れば知るほど自分のなかにある倫理観が崩れていくのを感じた。人間が人間にしたこととは思えない実験を見ていくなかで、背筋が寒くなるような感覚に何度もなった。七三一部隊の事実を知り、戦争とはどういうことなのか、これから平和を維持するためにどうあるべきなのかを改めて見つめ直すきっかけになった。

七三一部隊とはペストやコレラなどの菌を使った生物化学兵器の研究を目的とし、1936年から1945年にかけて活動していた人体実験を行った極秘部隊である。部隊の創設者は石井四郎軍医中将で、ハルビンに本部が設置された。人体実験では「マルタ」とよばれる中国人や朝鮮人などの捕虜が菌に感染させられたり凍傷実験をさせられ、それらは実験のデータとなっていった。人体実験で開発された七三一部隊の細菌兵器は、その後の実際の戦場でも使用されてた。

知るきっかけとなったのは高校2年生の夏、中国のハルビン郊外にある第七三一部隊の本部の跡地に行ったことだ。そこは現在、「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」として整備されており、たくさんの人が訪れている。館内には七三一部隊の起こりから終末まで追っていき、実験・解剖用の器具や毒ガスマスク、人体模型などが展示されている。

その跡地に行き、初めて七三一部隊というものがあったことを知った。「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」と書いてある標識を見て、自然と身が引き締まる思いになった。施設の中には、実際に使われていたものやリアルな模型があり、七三一部隊がしたことに衝撃を受けた。特に印象に残ったのは「マルタ」と呼ばれる捕虜の凍傷実験の資料である。極寒の戸外で冷水に濡れた手足を寒気にさらし扇風機によって風の強さと凍傷の関係を調べる実験をするという内容だった。想像するだけでぞっとするような実験に恐怖を覚え、本当に現実に起こっていたことなのかと疑う気持ちにさえなった。しかし、他の実験を知っていくなかで徐々に現実を受け入れなければならないと思うようになった。また、そのような実験を日本人がしたという事実を今まで知らなかったことにやるせない気持ちになった。この資料を通して、戦争で勝利するために人の命をデータとしてしか見ていなかったという現実を知った。それは、教科書には載っていない、戦争のリアルな姿だと考えた。

見学中、もう一つ印象に残った資料がある。それは、戦後七三一部隊の関係者の多くが戦犯として裁かれなかったことだ。ソ連軍が満州に侵攻すると、七三一部隊は施設のほとんどを爆破し、「マルタ」はメタンガスなどによって殺された。幹部たちは無事に日本に逃げ帰ったがGHQからの尋問を受けた。しかし、細菌戦の情報を米軍に渡す代わりに、戦犯を免責されるという取引を行ったという内容だった。その事実を知ったとき私は大きなショックを受けた。人体実験という非人道的行為をした人々が、責任を取られないという現実になんとも言い表せない怒りを感じた。外に出て、ところどころ破壊された建物を見たとき、解説で言っていたことは現実だったということを痛感した。同時に、七三一部隊が忘れ去られている今だからこそ、この事実を過去の話として片付けず、見つめ直すべきだと考えた。

建物の外に行くと鼠の飼育室があった。一見すると何もなかったように見える飼育室は、かつて大量のノミを得るために鼠が飼育されていた。生命力の強いノミにペスト菌を注入し繁殖させ、そのペスト・ノミを何万匹も詰め込んだ爆弾を投下することでペストを蔓延させる作戦があったという解説を聞き、私は戦争の恐ろしさを強く感じた。戦争をするなかで残虐な行為をするという感覚がわからなくなってしまうのだろうかと考えた。その建物のなかに入ってみると、コンクリートで作られた飼育室は、当時のままで重苦しい雰囲気をまとっているように感じた。

跡地に行き、様々な資料を目で見たことを通して、改めて「平和」というのはどういうことなのかを考えた。わたしの考える「平和」とは、互いの命を尊重し誰もが安心して過ごすことだと思う。 七三一部隊では、研究のために非人道的な行為がなされ、人の命というものが簡単になくなってしまう状況にあった。たとえ、そこに銃声や爆弾がなくとも、平和とはかけ離れている場所であっただろう。どんな理由があったとしても、人の命が簡単になくなる状況は平和だとはいえない。また、一人ひとりが安心して過ごすために、自分の意見を聞いてもらえることも重要だと感じた。人の命を尊び、互いに意見を理解しあい、心地よいと思える状況こそが平和だと考えた。

現代は、人体実験などの行為はなくなったが、世界では戦争が起こっている地域もあり、安心して過ごす環境にいられない人々もたくさんいる。そのような人々も「平和」だと思える世界を作るにはどうすればよいのだろうか。高校生ができることはまだ少ないかもしれない。そのなかで私は、歴史を知るということが大切だと考える。今まで、日本が戦争をして原爆や空襲によってたくさんの人が亡くなったことを授業では習っていた。しかし、七三一部隊では日本人は加害者側であったこと、中国人や朝鮮人に人体実験をしたということを知らなかった。教科書には載っていないことではあるが、歴史的な一面として捉えていくべきだと考える。今回、七三一部隊で過去に日本人がしたことを知ったことで、二度とこのようなことができる環境をつくってはならないと改めて感じた。過去を振り返ることは、戦争の残酷さを知りづらいことではあるが、目を背けてはならないと考えた。それが高校生としてできることではないだろうか。

私は、誰もが「平和」と感じる世界をつくるために、自分にできることを続けていきたい。(文·渡邊菜月 )

コンテストについて

中国人民抗日戦争ならびに世界反ファシズム戦争勝利80周年を記念し、中華人民共和国駐新潟総領事館が主催し、新潟県日中友好協会、山形県日中友好協会、福島県日中友好協会、宮城県日中友好協会、中国国際航空仙台支店、中国東方航空新潟支店、中国南方航空新潟支店が協力したエッセイコンテストが2025年7月から9月まで行われた。「歴史を教訓に、未来を共創する」をテーマとした同コンテストには、作品計41編が寄せられ、審査委員会による選考の結果、17編が入賞した。作品には歴史を銘記し未来へ向かう提言が数多く示され、中日双方が手を携え、アジア運命共同体の構築を共に推進していくことへの期待が込められていた。

「人民網日本語版」2026年4月28日

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