七三一部隊の歴史から学んだこと

「歴史を教訓に、未来を共創する」エッセイコンテスト:優良賞

人民網日本語版 2026年05月12日15:48

作者の記憶では、日本で「七三一部隊」についてあまり語られておらず、多くの人が存在自体さえ知らなかった。これは「日中の歴史認識のズレのひとつ」だと考え、「七三一部隊についてもっと多くの日本人が知る必要がある」ことの大切さを強調した。


私は、2025年山形県青少年「新時代中国発見の旅」に参加し、中国のハルビンに行きました。そこでは中国の文化を体験したり、中国の学生や店員さんとの交流ができたりととても充実した旅でした。

その旅の中で七三一部隊遺跡・陳列館に行きました。七三一部隊遺跡・陳列館とは中国黒龍江省ハルビン市平房区にある施設で、旧七三一部隊の本部建物や遺構が保存・公開されており、写真や資料、映像が豊富に展示されていました。陳列館に入る前は、日本人がそこへ行ってもいいのだろうかと思ったり、気まずさや不安が大きかったです。翻訳機をつけ中に入りました。最初は、七三一部隊についての説明や軍の構成についての説明でした。七三一部隊とは、第二次世界大戦中に設置した部隊で、中国のハルビン近郊に拠点がありました。正式には「関東軍防疫給水部本部」といい、表向きの目的は感染症の研究や給水の管理でした。しかし、実際には炭疽菌やペストなどの細菌の兵器化や中国人やロシア人捕虜などを対象とした人体実験など非人道的なことが行われていました。施設内では、細菌の研究だけでなく凍傷の実験や内臓の摘出などおぞましい実験が行われていたと言われています。これらの行為は国際法にも反しており、戦争犯罪とされるべき内容でしたが、終戦後、七三一部隊の関係者の多くは処罪されることなく解放されました。聞いているだけでも心が痛くなりました。陳列館内を歩き進めていくにつれ、実者のガスマスクや血や汗の染み付いたベットがありました。また、当時の写真や実験の様子を再現した実物大の模型があり、とても直視できないものがたくさんありました。当時の被害にあった人々の気持ちや命に逆らえずに実験していた人々の気持ちを考えたり感情移入した場面が多く、息苦しくなったり気持ち悪くなってしまいました。なので細かい部分は見れませんでした。私は最大限この歴史と向き合いました。そこにあったのは事実である、誰かが体験した現実です。見ていてつらく、息苦しくなる内容だからこそ知るべきだと思いました。

私はこの旅に参加し、七三一部隊遺跡・陳列館に行ってなければ七三一部隊のことについて知らないままでした。日本では、「七三一部隊」についてあまり語られておらず、多くの人が存在自体を知りませんでした。中国では今も「侵略戦争の証拠」として記憶されており、日中の歴史認識のズレのひとつとなっています。また、現在の日本でも、教育やメディアによって少しずつ知られているようになってきていますが加害の歴史として向き合うことの難しさが残っていると考えました。

七三一部隊についてもっと多くの日本人が知る必要があります。もう行ってしまったことは戻すことはできないけどこれからは変えることができます。もう非人道的な実験をしないこと、そのような実験をさせないような安全な国際関係を築くことが大切だと考えました。今回この旅を通して平和の大切さと向き合うことへの難しさを自分の身で感じることができました。この学んだことを忘れずに生きていこうと思いました。(文·髙木椛愛)

コンテストについて

中国人民抗日戦争ならびに世界反ファシズム戦争勝利80周年を記念し、中華人民共和国駐新潟総領事館が主催し、新潟県日中友好協会、山形県日中友好協会、福島県日中友好協会、宮城県日中友好協会、中国国際航空仙台支店、中国東方航空新潟支店、中国南方航空新潟支店が協力したエッセイコンテストが2025年7月から9月まで行われた。「歴史を教訓に、未来を共創する」をテーマとした同コンテストには、作品計41編が寄せられ、審査委員会による選考の結果、17編が入賞した。作品には歴史を銘記し未来へ向かう提言が数多く示され、中日双方が手を携え、アジア運命共同体の構築を共に推進していくことへの期待が込められていた。

「人民網日本語版」2026年5月12日

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