中日甲午戦争時の沈没艦遺跡保護に向け、山東省が水中文化財保護区を拡大
山東省はこのほど、同省唯一の水中文化財保護区の範囲を調整し、沈没した戦艦「来遠」遺跡と「靖遠」遺跡を保護区に組み入れたほか、名称を「威海湾甲午沈没艦遺跡」に変更した。これにより、中国の水中考古学者が、威海湾で発見した中日甲午戦争(日清戦争)時に沈没した戦艦3艘の遺跡が全て水中文化財保護区の範囲に組み入れられた。新華社が伝えた。
今回の調整では、保護区の範囲が拡大されたほか、水中文化財保護区内では、水中文化財の安全を脅かす捕獲、爆破、建設プロジェクトといった活動を禁止するという、保護のための明確な規定が設けられている。

山東省の威海湾の来遠艦遺跡で、砂の除去作業を行う水中考古学者(資料写真、提供・新華社)。
中日甲午戦争の終戦から今年で130年を迎えた。1895年、同戦争の最後の海上での戦闘が威海湾で生じ、北洋海軍が敗北し、多くの戦艦が沈没して、全軍が壊滅した。
2017年から2023年にかけて、中国国家文化財局は、中国の複数の考古学関連機関が共同チームを結成して、威海湾で、当時の沈没艦遺跡を調査する水中考古学調査プロジェクトを展開することを認可し、海底で100年以上眠っていた北洋海軍の戦艦遺跡の調査と保護を進めてきた。
水中考古学調査では、まず、沈没艦「定遠」遺跡が発見された。「定遠」は、北洋海軍の主力艦2艘のうちの1艘で、当時、世界でも先進的な戦艦だった。1895年、敗北が決定的となり、北洋海軍の提督・丁汝昌は、敵の手に渡ることがないよう、「定遠」を爆破して、自沈させる命令を出した。

山東省の威海湾で「定遠」の装甲を吊り上げる水中考古学チームの作業船(資料写真、提供・新華社)。
2022年1月14日、山東省政府は、第一陣となる水中文化財保護区を発表し、「威海湾1号沈没艦遺跡(「定遠」遺跡)」を、水中文化財保護区に組み入れた。さらに、同年、中国の水中考古学者は、威海湾で、「来遠」遺跡と、「靖遠」遺跡を発見した。いずれも、北洋海軍の主力巡洋艦だった。
2023年、威海湾甲午沈没艦遺跡水中考古学調査プロジェクトが終了したことが発表された。調査では、3艘の沈没艦遺跡が発見されたほか、重要文化財3000点以上が引き上げられた。中国甲午戦争博物院の首席専門家・馬駿傑氏は、「今回の水中考古学調査では、甲午戦争や北洋海軍の研究の役に立つ大量の実物証拠が発見された。そして、甲午戦争のたくさんの詳細が明らかになり、空白が埋められた」とした。(編集KN)
「人民網日本語版」2025年11月13日
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