日本軍国主義の侵略犯罪を物語る「死の鉄道」 泰緬鉄道を訪ねて

人民網日本語版 2026年08月11日14:21

ヘルファイアー・パス博物館の展示を見学する来館者

ヘルファイアー・パス博物館の展示を見学する来館者

1942年、日本軍国主義はタイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ陸上補給ルートを確保し、東南アジアを全面的に占領するため、6万人を超える連合国軍の捕虜と数十万人のアジア人労働者を強制徴用し、泰緬鉄道を建設させた。劣悪な環境と残酷な虐待により、10万人以上が荒野に葬られ、この鉄道は「死の鉄道」とも呼ばれるようになった。人民日報が伝えた。

ヘルファイアー・パス博物館に入ると、展示ホールの中央に、石を満載した高さ2メートル近くの鉄製のかごがある。「これは労働者一人が毎日運び出さなければならなかった岩石の量で、3立方メートルある」と博物館の情報担当者は説明する。一方、労働者が毎日支給された食料は、わずか約370グラムの米だった。

同担当者は、岩肌に斜めに開いた穴をいくつか指差しながら、こう記者に説明した。「夜になると、労働者たちはこの穴に差し込んで燃やした竹の松明やランプの明かりを頼りに、開削作業を続けた。ハンマーの音、爆破音、力仕事をする時の掛け声が夜通し谷間に響き渡り、薄暗い炎が揺れ動く人影を照らし出し、遠くから見ると、まるで炎が渦巻くこの世の地獄のようだった。そのため『ヘルファイアー・パス』と呼ばれるようになった」。

長期にわたる飢餓、過酷な重労働、劣悪な気候が、労働者たちの体を痛めつけた。工事中に砕石で傷ついた傷口は、骨が見えるほど深い熱帯性潰瘍へと容易に悪化した。マラリア、コレラ、赤痢などの感染症がキャンプ内で蔓延した。病床に伏す労働者に対して、日本軍は食料の支給を絶つと脅し、病気を抱えたまま作業に戻ることを強いた。

1943年6月から10月までのわずか5ヶ月間で、連合国軍の捕虜だけでも7000人余りが命を落とした。アジア人労働者の死傷者数はさらに計り知れない。「鉄道が1キロメートル延伸するごとに、その陰には無数の人々の命の代償があった」と同担当者は嘆息する。

全長415キロに及ぶこの鉄道は、最終的に約1万2500人の連合国軍捕虜と10万人を超えるアジア人労働者の命を犠牲にして完成した。平均すると、1キロメートル当たり約350人が死亡したことになる。

泰緬鉄道センターの研究員は「今私たちは、これらの遺構や遺物を守り、この歴史を継承し、語り継いでいく必要がある。これらの遺構や遺物はいずれも、日本軍国主義による侵略犯罪の言い逃れを許さない動かぬ証拠だ。歴史を銘記するのは憎しみを引き継ぐためではなく、軍国主義の復活を警戒する防御線を堅牢に築き、悲劇の再発を防ぎ、平和を永続させるためだ」と語った。(編集NA)

「人民網日本語版」2026年8月11日

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