日本人戦犯25人目・佐古龍祐の供述書 愛国志士多数を検挙(二)
佐古龍祐の1954年12月の供述書によると、佐古は1892年山口県生まれ。1934年11月から中国東北部で中国侵略戦争に参加し、偽満州国鉄道警護総隊総監部科長、吉林、牡丹江鉄路警護旅長などを歴任し、1945年8月に捕虜となった。
重要な罪行として、以下のものが挙げられる。
1941年8月、錦古線火斗山付近で「愛国志士中國人民計約六十名ヲ検擧シ」「二名処刑」。
1941年12月~1942年3月、抗日地下工作員の検挙を命令し「総計三十九名」「審判の結果楊白龍志士ハ死刑」、周振寰は無期、その他それぞれ刑を下された。
1943年3月、「中國人民約百五十名を検擧シ」、うち「百名ヲ承徳検察廳ヘ送致シマシタ」。
錦州で在任中、各鉄道警護隊に命じて情報捜査週間を実施し、計3000人余りを検挙した。西南地区防衛委員会会議に参加し、「治安粛正」の「逮捕、鎮圧」などの画策・実施に参与した。
(編集NA)
「人民網日本語版」2014年7月29日