国家公文書局は8月31日、『中国侵略日本人戦犯供述書選』(二十)日本人戦犯・松井芳一を公式ウェブサイトで公開した。
松井芳一の供述書によると、松井は1920年、埼玉県生まれ。1940年に中国侵略戦争に参加し、1945年8月に捕虜になった。重要な犯罪行為は次の通り。
1941年9月中旬、山東省莱蕪県で43大隊長の「命令により、莱蕪県茶野口にある家屋100戸、食料、家具をすべて焼却し、農民、病人、老人、子供50人を焼き殺した」。「このとき、私は干草で2戸を放火し、中国人農民50人に対する集団虐殺に参加した」。
1942年5月から10月、「山東省済南市で、日本侵略軍が拘束していた20歳前後の中国人女性3人を強姦した」。
1943年4月、山東省斉河県で「兵舎の隣りにいた45歳前後の女性1人を強姦した」。
1944年2月、山東省陵県で中国人数百人を前に、捕らえた中国人5人を「刺突演習の標的」として、「突き刺し虐殺した」。
1943年6月から1944年3月、「山東省陵県、徳県で日本侵略軍が拘束していた20歳前後の朝鮮人女性4人を強姦した」。
1944年4月、山東省恵民県で八路軍の捕虜1人に対して、仲間1人が「首を切ったが、うまく切れなかった」ので、「穴の中に押し込み、生き埋めにした。苦しみうめく声が聞こえたため、兵士に命令を下すとともに自分も踏みつけて、土を踏み固めて捕虜を虐殺した」。(編集LX)
「人民網日本語版」2015年9月1日