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被災地復興「象徴の町」、女川町を撮影 日本

人民網日本語版 2016年03月11日14:03

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「3.11」東日本大震災から5年目を控え、各被災地にはこのところ再びメディアが取材に訪れている。甚大な被害を受けた被災地として有名な宮城県女川町にはとりわけ多くのメディア車両が駐留している。中国新聞網が伝えた。

女川町は地震と津波両方による被害によって最も高い死亡率となった地域で、約9割の建物が倒壊した。震災後は、各方面からの重点的な支援を受け、町内が比較的まとまった造りになっている地域であることと現地の人たちの努力により、復興のシンボルとして注目を集めるまでになった。新しく建設された駅、学校、商店街などは目を見張るものがある。毎年、被災日を迎えるたびにメディアのスポットライトを浴びる。先日、日本の安倍晋三首相がここを訪れ、間もなく天皇陛下もここを訪問される。

女川町という地名が一般的な中国人にとって馴染みが深いのは、震災時、中国人研修生を安全な高台に連れてきた後、再び助けに戻った際に津波で被災した佐藤充氏の存在によるところが大きい。

震災後5年が過ぎ、水産業は依然としてこの地での主要産業だ。女川町の役員である新田太氏は、「この町の水産業の生産量は震災前の基準までとっくに回復している。現在直面する最も大きな課題は、依然として大勢の住民が仮設住宅に避難したままだということだ。女川町は平地が少なく、平らな土地を急いで造り家を建てなければならないが、容易なことではない。その他、震災後の人口が減少しているのも大きな課題で、この町の魅力を高めるための方法を考える必要がある」と話す。(編集JK)

「人民網日本語版」2016年3月11日

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