「慰安婦」生存者の李鳳雲さんは黒竜江省東寧県の社会高齢者施設で暮らしている。彼女は元の名前は李寿段といい、1922年に朝鮮の平壤の貧しい農民の家庭に生まれた。19歳の時に李鳳雲さんは重い病気の母親の治療のために日本の「工場」に身売りし、日本人について黒竜江省阿城市に来た後、日本兵に捉えられて東寧要塞の「慰安所」に閉じ込められた。日本の降伏によってやっと逃げ出し、東寧県大肚川鎮で身分を隠して定住した。当時「慰安婦」を強いられた地獄の経歴がいつも彼女の心に暗い影を投げかけ、心に永遠の痛みをもたらした。人民網が伝えた。
彼女は不幸な婚姻があった。それは当時「慰安婦」の地獄の経歴と関連があるのかもしれない。現在の彼女は孤独で子どももいない。高齢者施設では衣食住は保障され、またきめ細かなケアもあり、後には養子の高自祥さんが積極的に世話をしてくれた。何度か重病にかかったものの、皆のケアにより奇跡的に回復してきた。現在の彼女は子どものようで、普段は子どもが一番好きだ。自室には丸々とした子どもの写真が数多く貼られ、「亮亮」と「妞妞」という名前のお気に入りの2つの子どもの人形をいつも抱きしめている。この人形たちといるのが、今の彼女の一番の幸せなのだ。(編集YH)
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「人民網日本語版」2014年6月5日