この画像は、日本の関東憲兵隊司令部および中央検閲部による1940年の「通信検閲月報(5月)」をスキャンしたものだ(撮影は7月1日)。東安陸軍部隊の朝助という人物が沖縄県に住む母親に当てた手紙で、軍隊生活に嫌気が差したため、母親に「母危篤すぐ帰れ」という電報を打ってもらい、なんとか家に帰ろうとしたことがわかる。新華社が伝えた。
吉林省公文書館が公表した中国侵略日本軍に関する文書の最新の研究成果により、日本が中国で侵略戦争を行っていた時期に、日本軍関係者の一部の間で厭戦ムードや死を恐れる気持ちが高まり、「なんとしても家に帰りたい」と願う者、はては「自殺したい」と願う者も出現したことが明らかになった。(編集KS)
「人民網日本語版」2014年7月6日