86歳になる遼寧省本溪市に住む白振海さんが24日、前立腺ガンで亡くなった。彼は中国侵略日本軍の細菌戦の生存者で、遼寧省でこれまでに唯一国により公証された第2次世界大戦の細菌戦の被害者だった。
10代だった白振海さんは1943年夏、家族と共に遼寧省法庫から内蒙古(モンゴル)の通遼に逃げた。当時、日本人はすでに同地にも侵入し、それに伴い村には疫病が広がっていた。同時に、村では突然、多くの死んだネズミが見られるようになり、ノミが死んだネズミの病原菌を村の住人に伝染させた。白振海さんは父親から、そうした「死んだネズミ」は日本人が持ち込んだものだと聞かされた。白振海さんの父親はこのために亡くなり、父親から感染させられた白振海さんも白衣を着た日本人に隔離所に連れて行かれた。白振海さんの足の上の傷口はどんどん大きくなり、徐々に大きな肉の塊が2カ所脱落して、ペストの苦しみは眠れぬほどだった。白振海さんは細菌戦の後遺症に70年苦しめられ、ペストの影響で太ももの付け根は膿で膨らんで何度も破裂し、苦痛から何度も自殺を試みたという。
歴史学者で収蔵家の詹洪閣氏にると、ここ数年、日本の中国侵略戦争を生き延びた「慰安婦」や労働者、虐殺の生存者、細菌戦の生存者などが時の流れと共に死亡しており、こうした歴史の証人が亡くなることは、歴史の検証にとって損失である。それに伴い賠償請求の困難も増大し、日本を相手取った民間の賠償請求訴訟にも一定の影響を与えている。(編集YH)
「人民網日本語版」2014年5月27日