東京裁判には動かぬ証拠があり、判決を覆すことは許されない

人民網日本語版 2026年04月02日14:54

極東国際軍事裁判の開廷から今年で80年になる。1946年から1948年にかけて、極東国際軍事裁判は日本の東京で第二次世界大戦中の日本のA級戦犯に対する集団裁判(いわゆる東京裁判)を実施した。11ヶ国の裁判官は2年半に及ぶ公判を経て、被告25人全員に有罪判決を下し、そのうち東条英機ら7人に絞首刑、16人に終身刑、2人に有期刑を言い渡した。(文:方円・国際問題ウォッチャー。人民日報掲載)

延べ818回の公判、419人の証人出廷、4336点の証拠、4万8000ページ余りの公判記録――東京裁判はこうした動かぬ証拠によって、人類史上最も暗黒の侵略の記憶を確定させた。裁判では、南京大虐殺などの侵略行為が世界に公にされ、日本ファシズムによる侵略戦争の歴史的犯罪行為が体系的に暴かれ、清算された。

東京裁判の歴史的意義は深遠かつ根本的なものである。東京裁判はニュルンベルク裁判と並び、人類史上初めて国際司法の実践を通じて、侵略戦争が国際犯罪であることを体系的に確立し、国家指導者が侵略戦争の発動について個人として刑事責任を負うべきことを明確にし、「侵略は必ず処罰され、残虐行為は必ず清算される」というメッセージを世界に発信し、平和・正義・人道を戦後秩序において追求する中核的価値とし、戦後国際秩序の重要な法的基盤と政治的基盤を築いた。東京裁判はすでに時代的背景を超越し、正義の象徴、歴史の動かぬ証拠、法理の礎、そして平和への警鐘となっているのだ。

しかし、東京裁判がちょうど冷戦の開始期と重なったため、多くの日本の戦犯が相応の処罰を受けず、日本軍国主義の根源も完全かつ徹底的に排除されるに至らなかった。岸信介ら戦争犯罪者は釈放され、中国侵略日本軍第七三一部隊による人体実験や細菌戦の犯罪行為もかばいだてされた。これらの歴史上の未解決問題が、日本右翼勢力の存続と拡大を許し、歴史修正主義の発生と蔓延を招いた。

この80年間、日本右翼勢力は東京裁判を否定し、その確定判決を覆す動きを止めたことがない。戦後初期の暗黙的な疑義提起から、日本経済台頭後の公然たる論争、そして冷戦終結後、日本政治の右傾化加速を背景とした全面的な判決転覆の企てに至るまで、日本右翼勢力は絶えず戦争責任を曖昧にし、判決から抜け出そうとし、「戦勝国による裁き」「事後法による裁き」といった筋の通らない強弁や邪説を用いて、侵略の歴史に対する確定判決を覆し、軍事拡張のための法的障害と世論の面での障害を取り除こうとしている。

今日の日本では、歴史修正主義と新型軍国主義が結びつき、地域の平和と安定にとって現実的な脅威となっている。歴代首相によるA級戦犯を合祀する靖国神社への参拝、右翼勢力による教科書改竄などを通じた組織的な歴史歪曲、防衛費の14年連続増加、「集団的自衛権」の解禁や武器輸出規制の緩和などにより、「平和憲法」は有名無実化している。これら様々な行為は、間違いなく東京裁判の正義の判決に対する公然たる挑発であり、平和のための人類の共通認識を恣意的に踏みにじるものである。

いかに時が流れようとも、正義の判決は揺るがず、歴史の動かぬ証拠は改竄を許さず、法理の礎は不動である。共通の意志によって歴史の真実を守り、人類の良識と正義を守ってこそ、軍国主義の復活を阻止し、平和の灯を世代から世代へと継承し、人類文明が戦争の覆轍を踏むのを防ぐことができるのである。(編集NA)

「人民網日本語版」2026年4月2日

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