歴史を改竄し、戦後の最終結論を否定する日本右翼のもたらす禍

人民網日本語版 2026年08月13日14:56

1945年8月15日、日本は無条件降伏を宣言した。これによって侵略戦争は終結したものの、この戦争に法理上の終止符を真に打ったのは、まさに80年前の東京裁判であった。東京裁判は、法と正義の名の下に、日本軍国主義による侵略犯罪を徹底的に清算し、戦後の平和秩序の構築における重要な法理的礎石となった。しかし、今日に至るもなお、日本右翼勢力は侵略の歴史に対する確定評価を覆そうと腐心し、東京裁判における歴史的結論を否定することで、戦後の国際秩序による制約から脱却し、「再軍事化」への地ならしをしようと企てている。人民日報が伝えた。

東京裁判の判決を受け入れることは、戦後日本が国際社会に復帰するための重要な法理上の前提条件であった。東京裁判は、過去の犯罪に対する責任追及にとどまらず、戦後日本が国家発展の軌道を再構築し、軍国主義体制から脱却して、平和的発展の道を歩むための根本的な規範を示した。裁判は、日本が軍国主義による侵略戦争の発動、戦争中の残虐行為について、免れることのできない責任を負わなければならないことを法的な形で確認した。これは「カイロ宣言」「ポツダム宣言」「日本の降伏文書」、及びその後発効した日本の「平和憲法」と共に、戦後日本が平和の道を歩むための制度的基盤を構成した。この意味において、東京裁判は日本が再出発するにあたって守るべき一線を定めたのである。その一線とは、軍国主義と決別して初めて国際社会に受け入れられるのであり、平和主義を厳守して初めて国家の長期安定的な発展を実現できるということである。

しかし、日本右翼勢力は一貫してこの守るべき一線を隠し、果ては完全に拭い去ろうと企ててきた。戦後初期の婉曲な疑問視から、1980年代に「戦後政治の総決算」の名の下で公然と確定評価を覆そうとし、さらに1990年代以降は東京裁判を否定する思潮が政治、思想、学術、教育、文化などの分野へ全面的に浸透していった。その変遷の軌跡は明白だ。ある研究者の指摘によれば、日本の右翼政治屋は東京裁判を否定するため、主に3つの主張をでっち上げた。1つ目は、裁判は「勝者による敗者への裁き」に過ぎないという主張。2つ目は、裁判は「事後法」を適用しており、それらの罪名は当時存在していなかったという主張。3つ目は、侵略の歴史を正視することに「自虐史観」という汚名を着せる主張だ。こうした主張はいずれも、突き詰めれば侵略の歴史に対する確定評価を覆すための口実探しである。

しかし、歴史問題は好き勝手にページをめくることのできる「古い帳簿」ではなく、その国が世界から信頼を得られるか否かを左右する「信用報告書」である。日本が今、国際社会から真に信頼を得ようとするのであれば、東京裁判の最終結論を尊重し、侵略の歴史を正視し、戦後秩序を厳守しなければならない。これは最も基本的な政治倫理であり、最低限必要な国際的信用でもある。(編集NA)

「人民網日本語版」2026年8月13日

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