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【新青年】自称「料理の嫌いな料理人」長瀬龍哉さん

人民網日本語版 2022年05月12日14:34

「料理の嫌いな料理人」。そう自分を表現するのは、「モダン割烹」を謳うレストランの料理長、長瀬龍哉さん(34)だ。その言葉とは裏腹に、長瀬さんの料理は丁寧な仕事と斬新なアイデアで客の目と舌を喜ばせ、唸らせる。北京に来て6年目。中国の食通たちと日々向き合う長瀬さんを取材した。

数少ない日本人の「黒珍珠」獲得料理人 

長瀬さんは日本の岐阜県飛騨高山の出身。結納屋を営む家に生まれ、伝統文化の色濃い環境で育った。料理人を志したのは高校卒業後。京都の老舗料亭「美濃吉」で修業した。生来の器用さで若くして頭角を現し、2008年に北京支店に派遣され、3年間北京で働いた。帰国後、副調理長として従事。料理人になって8年目に同店を離れ、西洋料理レストランの店長兼料理長などを経て、2019年に再度北京に活躍の場を移し、モダン割烹レストランの料理長に就任した。同店は中国の口コミサイト・大衆点評網が展開するレストラン格付けシステム「黒珍珠」(ブラックパール)で、ダイヤモンドを1つ獲得している。長瀬さんは「黒珍珠」に選ばれた数少ない日本人料理人の一人であり、食をテーマにした中国のドキュメンタリー「風味人間」にも出演している。

長瀬さんが最初に中国で働くきっかけは勤めていた料亭からの派遣だったが、2度目は自分の意志で北京に来ることを決めた。理由は「(最初の時に)すごく活気がある街だなと思った」から。「日本に戻って何年間か仕事をしていたが、やはりもう1回海外に出たい、日本ではない別のところで挑戦してみたいと思った時に、一番接点が多かったのが中国だったので、もう1回来たい!」と思ったのだという。

中国語はそれほど堪能ではないが、言葉が分からない分「スリルはありますね」と笑い、言葉の不自由さもゲーム感覚で楽しんでいる。そして、「日本では味わえない刺激が多いので、食材に関しても、人に関しても、文化が違うので、そこはいい刺激になって、中国に来てよかったなあと思います」と語った。

ほかにはない料理を作りたい

長瀬さんが提供する料理は完全な創作料理だ。月替わりのコース料理で、メニューはすべて長瀬さん自身が新しく考案する。長瀬さんの創り出す料理は、食材の組み合わせ、色遣い、盛り付け、料理を出す時のプレゼンテーションなどに工夫があり、実に多彩だ。日本料理をベースにしながらも、西洋料理などのエッセンスも感じさせ、見た目も味も変化に富んでいる。

長瀬さんに日本料理とは何かという質問をぶつけてみると、「それぞれの国で美味しいものはたくさんあるし、調理法もいろいろあると思うけれど、その伝統を守りながら、新しいものを取り入れてやっていくのが現代日本料理だと思う」という答えが返ってきた。中国人の客の中には、ネットなどの情報で勉強してくる人もいて、長瀬さんの料理を『これは日本料理じゃない』とか『これは割烹の料理じゃない』などと言う人もいるという。それに対して長瀬さんは、「その人の記憶に残っている料理は、テレビや雑誌で見た、あるいは日本に行って食べたもので、それが完成形だと思っているのだと思う。でもそれは完成形ではなくて、完成に至るまでの道のりでしかないと僕は思う。中華の食材も取り入れたり、フレンチなど洋食の手法も取り入れたりしながら、ほかにはない日本料理を出したいと思って作っている」と語った。

長瀬さんがこの日作ってくれたのは、中国で春から初夏にかけて食べられるニセアカシア(俗称はアカシア)の花を使った創作料理。旬の魚であるサクラダイの炙り焼きをメインにした出汁茶漬けで、仕上げに素揚げしたニセアカシアの花をあしらい、食感を楽しむ形で提供した。ニセアカシアの花を使うのは初めてだという長瀬さん。「日本でもアカシアの花はよく食べられていたようで、今回使うにあたってネットで調べたらすぐたくさん出てきた。僕は知らなかったけれど、いろんな地域で食べられていることを実感した」と言う。中国での新たな食材との出会いは、長瀬さんの料理の世界を広げている。

長瀬さんは料理をするにあたって、「人一倍命に感謝して従事している」と言う。そんな長瀬さんがメニューの考案や調理の際に大切にしているのは、「命を大事に、いかに使い切るか」ということ。取材の際に出してくれた出汁茶漬けにも、唐揚げにしたサクラダイの皮が使われていた。

 

中国の食通と食材に向き合う

そんな長瀬さんだが、中国に来た当初はメニュー作りや調理で苦労することもあったという。中国の野菜は「野性味がある」ため、使いこなすのに「3年かかった」と笑う。同じ種類の野菜でも味が違うため、メニュー開発も一から構成しなければならないという。例えばジャガイモを使う料理では、中国のものだと若干風味が弱いので、サトイモに変えたり、出汁を少し濃い目に作って味を含ませたりなど、試行錯誤を繰り返した。

中国料理については、「油をすごく使う。いろんな種類の油があって、油がないと完成しない料理が多い」という印象を抱いている。ただ、そうした料理を食べ慣れている中国人客に合わせることはなく、むしろ「意識して油はあまり使わないようにしている。てんぷらも今はもうコースに入れていない」という。また、中国人の女性客の中には、「油っこいものは絶対食べない、大トロは食べない、てんぷらは無しにして」といった要望がある人も多く、健康志向の高まりを感じるという。

楽しみは仕事の後の一杯

「趣味は特にない」という長瀬さんの楽しみは、仕事が終わった後にふらりとお酒を飲みに行くこと。「お酒を飲むと疲れが吹き飛ぶ。それに寂しがり屋なので、行きつけの居酒屋に行って、常連客の人と会って会話をすることで、ストレスの発散ができて、次の日リフレッシュできる」という。ただ、誰かと誘い合わせて飲みに行くことはない。「行った先でたまたま一緒になった人との会話が楽しいから」と話すが、行きつけの店ではよく会う飲み友達と話が弾み、いつの間にか杯を重ねてしまうこともある。そんな時には、仕事場ではなかなか見せない自然な笑顔が弾ける。

お酒がつなぐ縁もある。「日本にいる時はずっとウイスキーだったけれど、中国に来てからいろいろ飲ませてもらった。お酒に詳しい方が周りにいっぱいいるので、ワインなどの勉強もさせてもらっている。お酒があって人とのつながりができるというのもあるので、そこがいいところかなあと思います」と笑う。

「料理の嫌いな料理人」

長瀬さんは、家ではまったく料理しないという。「オンとオフを切り替えたいので、料理は仕事場で、家に帰ったらプライベート。あえて家では料理しないようにしている」。とはいえ、料理のことが頭から離れているわけではなく、「頭の中で料理する感じですね」と言うように、家にいる間もアイデアを模索するという。メニューを作る際には、料理の本やレシピ本、写真集は見ないようにしているという。「ほかの人の料理を見すぎても真似にしかならないので、できるだけ自分で一から考えるようにしている」という言葉に、常に新しいものを作り出そうという気概がのぞく。

ところで、「料理の嫌いな料理人」とはどういうことだろう。詳しく聞いてみると、実はほかにやりたいことがあったが、それを断念せざるを得なくて料理の道に入ったのだという。そしていざ働き始めてみたら、「地獄のようにしんどい修行」が待っていた。やめたいと思ったが、実家の近所の料亭からの紹介だった手前、やめるにやめられず、「とりあえず3年、5年頑張ってみようかな」と踏ん張った。今では、「仕事でやっているからには、ほかの料理人には負けたくないし、なあなあに仕事はしたくない」ときっぱり言い切る。そしてさらに、「ほかの料理人よりは、作ることに対しての真面目度は高いんじゃないかなとは思う」と続けた。「料理の嫌いな料理人」という自己評価とは裏腹に、その言葉にはプロの料理人としての強い矜持がにじんでいた。(文/勝又あや子)

「人民網日本語版」2022年5月12日

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