新中国成立70周年

震災後3年で再建を果たした「ブン川モデル」はなぜ世界を驚かせたか?

人民網日本語版 2019年09月27日15:35

四川大地震の震源地となった映秀鎮の西南の一角にある倒壊した漩口中学校では、時が永遠に2008年5月12日で止まっている。痛ましい被害をもたらした「5・12」ブン川大地震(ブンはさんずいに文)は、新中国成立以降、破壊力が最も強く、波及範囲が最も広く、救助の難度が最も大きい地震だった。その被災面積はスペインの国土に相当し、被災人口は北欧5ヶ国の人口の総和を超えた。

2005年に米国ニューオーリンズを襲ったハリケーンでは、10年経ってもまだ住む家のない被災者が少なくなかった。2011年に起こった日本の東日本大震災では、被災地の至る所に今も震災による破壊の爪痕が残されている。甚大な自然災害からの復興再建という世界の難題を前にして、震災から3年後にブン川の人々は落ち着いて暮らし、働くことのできるふるさとを再建し、再び経済と社会に活力を注ぎ込んでいる。

このように、震災後再建でブン川が示した「ブン川モデル」が世界を驚かせている。

再建された映秀鎮の様子(提供・ブン川県委員会宣伝部)。

地震発生後の救助活動から復興再建に至るまで、やらねばならないことは複雑で数多く、被災者の訴えは具体的で急を要し、そのすべてにおいて中国共産党の執政能力が試されることとなった。

2008年、地震発生後に党中央は相次いで施策を決定し、指令を発した。地震後ただちに全国総動員令を出し、国家一級緊急対応プランを発動。ただちに各大軍区から部隊を招集し、全国の各種資源を被災地救援に向けるよう手配した。地震から24日後、中共中央政治局は検討を経た上で、ブン川地震災後復興再建「対口支援(比較的進んだ自治体や企業などが特定の被災自治体に対し一対一で行う支援、ペアリング支援)」を手配。地震から27日後、国務院は「ブン川震災後復興再建条例」を公布。地震から37日後、国務院は「ブン川震災後復興再建対口支援方案」を策定。地震から4ヶ月後には、震災後再建全体計画が正式に発表され、中国は「3年でほぼ復興、5年で発展振興、10年で全面的に『小康』(ややゆとりのある状態)へ」という震災後復興再建の全体目標を掲げた。

ふるさとが破壊されるという苦しみを経験し、親しい人を亡くす悲しみを味わった被災地の基層党員幹部は、誰もが休暇を返上し、毎日昼も夜もなく業務をこなしていった。1年で、四川省各級基層党組織は党員計120万人を動員して2万以上の支援チームを組織し、震災後復興再建の第一線で活躍し、被災者が家を建てる際の場所選び、ローン資金調達、心理カウンセリング、技術研修といった問題を解決できるようサポートし、生産を回復し、ふるさとを再建した。

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