そこで、趙さんは自分の絵を手に、現地の画廊に行って売り込みをかけた。「ある高という名前の香港地区の画商が、いつも私が来ているのを見て、私の絵を2点買ってくれた。当時、50×60cmの大きさの絵なら1点150元ほどだったが、私は1点130元で売り、彼は2点買ってくれた」。その後、2000年以降、趙さんのもとにはたくさんの注文が舞い込むようになった。実はその香港地区の画商は大きなビジネスをしており、彼が大芬村で買った絵のほとんどは欧州に輸出されていた。
05年、世界の70%の油絵が中国で製作され、中国の油絵の80%が大芬村で製作されたものだった。06年から08年の3年間、同村の輸出額は1年当たり12億元に達した。ところが、08年になり、ゴッホの作品のレプリカを十数年製作していた趙さんのもとに来る注文が60%も減り、09年になると、注文数が0になった。「まるで氷の部屋に落とされたような絶望的な気分を味わった」と趙さん。
このウェブサイトの著作権は人民日報社にあります。
掲載された記事、写真の無断転載を禁じます。
Tel:日本(03)3449-8257
Mail:japan@people.cn