職業の専門性をより高める目的で、董さんはさまざまな努力を重ねている。同僚が休憩している間、彼の師匠は、ホールで彼に新聞を読ませ、発音を正し、司会の基礎技能を引き上げてくれたという。告別式が始まる前にはいつも、董さんは静かな場所を探し、司会の言葉を朗読する練習を繰り返す。また、会場の設備を幾度となく点検し、詳細を確認する。「葬儀というのは一度きり。我々にはいかなるミスも許されない」と董さん。
董さんの心のこもった仕事ぶりは、だんだんと、多くの人々から認められるようになった。ある葬儀で、彼はいつものように故人の衣服を整え、服についた糸くずを取り除いた。思いがけないことに、彼のこのわずかな行為を故人の配偶者が目にとめ、非常に感動されたのだという。今ではこの遺族と董さんは毎年年始の挨拶を欠かさない友人になっている。董さんは、「このことを経験してから、私たちは、単に故人にサービスしているだけではなく、残された人にもサービスしているという想いをさらに強くした。我々の気配りが、故人の家族の心をより和やかにすることができる」としている。
董さんの両親も、息子の職業に対して、だんだんと理解を示すようになった。数年前、彼の祖母が亡くなったとき、家族はみな慌てふためき、どうすれば良いのか途方に暮れた。このとき、董さんには何をすべきか知っていた。彼と同僚は、祖母のために葬儀のプランを立てた。合理的な式次第と細部にまで気配りされた葬儀を執り行ったことで、悲嘆にくれた家族は生きていくための力強い勇気を得ることができ、同時に、彼の仕事の価値についても理解を示すようになったのだという。
董さんが今でもはっきりと覚えている出来事がある。それは霊柩車がある年若い故人を運んできて、董さんが葬儀を行うため、その故人の情報をチェックしたところ、たちまち涙が溢れそうになったのだという。なぜなら、その故人と董さんの生年月日が全く同じだったからだ。董さんは、「彼は亡くなったが私は生きている。それは、私が単に幸運だから。私は生かされている命を大切にして、しっかりと生きていかなければならない」と強く感じたのだという。
董さんがこの仕事に就いて、今年で10年目を迎えた。彼はエンディングプラナーを単なる一つの仕事としてだけでなく、一つの事業とみなしており、今後もこの道をしっかり歩み続けていくことになるだろう。(編集KM)
「人民網日本語版」2019年4月8日