30代のエンディングプランナー「故人の尊厳を保ち、残された人に勇気を与えたい」

人民網日本語版 2019年04月08日13:21

183センチの身長に整った顔立ちの「85後(1985年から1990年生まれ)」の董子毅さんに初めて会った人は、なぜこんなイケメンの若者が、葬儀業を選んだのかと驚くかもしれない。今から十年前、両親や友人から理解を得られなかったにも関わらず、彼は葬儀場で働くという道を選んだ。これまでに2千回以上の告別式を担当し、今では「カリスマ・エンディングプランナー」となっている。「エンディングプランナーとして、我々は、故人に尊厳を保ちこの世に別れを告げてもらうだけではなく、残された人々が力強く生き続けるための勇気をもってもらうよう力を尽くさなければならない」と董さんは話した。新華社が伝えた。

董さんが2009年に軍隊を退役して新しい仕事を探していた際、数多い企業情報の中から八宝山葬儀場に関する情報に目を止めた。「軍隊での経験を通じて、あらゆる生命は全て貴重であるということをはっきりと理解した」という彼は、この考え方にもとづき、最終的に、八宝山葬儀場で働くことを決めた。

董さんの選択は、両親の猛反対に遭ったという。「両親は、『どんな仕事だってできるのに、こんなにたくさんの良い就職先に行かずに、なぜわざわざ葬儀場なんかで働かなくてはならないのか』と反対した。入社した当時は、仕事着を着たままでは家に入れてもらえず、帰宅後もすぐに入浴しなければならなかった。また、友人たちも、私の仕事は縁起が悪いといってこの職業選択を理解してくれなかった」と董さん。

そして仕事を始めてから、彼は、葬儀場を訪れた故人の家族さえも、この仕事について理解していないことに気づいた。彼らは自分と握手したがらず、さらには葬儀場が用意した水すら飲もうとしなかった。そのため「相手が自ら私と握手しようとしないかぎり、私から手を差し出すことはしない」のだという。

八宝山葬儀場で働き始めたとき、董さんの仕事は、故人の家族への対応係だった。2010年、葬儀場に対し、葬儀に司会者を用意して、家族の代わりに弔辞を読んでほしいとの希望が寄せられた。2012年、八宝山葬儀場は葬儀司会者コンテストを行い、董さんはその際、素晴らしい才能を披露した。その後、スタッフ10人とともにエンディングプランニングチームを立ち上げた。

さまざま葬儀を見てきた董さんは、「故人との別れは紋切り型であるべきではない」という考えに至り、董さんとチームの同僚は、カスタムメイド葬儀のサービスを打ち出した。遺体におじぎを3度してから、棺の回りをゆっくりとめぐるといった伝統的な葬儀と異なり、董さんが企画する葬儀では、故人が生前何を好んだか、どんなことを成し遂げたか、何を想い残したか、といった故人の人生の足跡を取り上げる。これをベースに、家族の希望も組み入れて、葬儀の式次第を企画し、葬儀の司会原稿を練っていくのだという。

葬儀の司会をやり始めたころ、董さんはたびたび、司会の言葉を述べながら、家族と一緒に泣き出してしまうことがあったという。董さんは、「私は故人を知らないが、その場の雰囲気に引き込まれ、いつも泣いてしまった。毎日、泣きはらした赤い目で出勤していた。そんなことがしばらく続いたが、それは職業的な行為とは言えず、私が泣くことで故人の家族の別れの儀式に影響を与えてしまっていると考えるようになった」と語る。

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