中国の母のようだった警備員のおばちゃん
赴任してしばらくたった頃、配属先の林業局で、一人でお昼を食べていると警備員のおばちゃんが自分の部屋に招きいれてくれた。それから彼女の部屋でテレビを見ながら一緒にお昼ご飯を食べ、世間話をする交流が始まった。おばちゃんのお気に入りの番組は抗日ドラマ。最初は複雑な気分だったが、おばちゃんにとってテレビはテレビで、私は私であることがわかってくると、複雑さは多少薄れていった。旅行や出張に行くときには「いつかえってくるの?」、帰ってくると「おかえり!」と言ってくれる中国の母のようなおばちゃんは私の心のオアシスになった。
コンテナ苗に取り組み始めた時、町のはずれにある苗畑に毎日朝夕2回水やりのため自宅から自転車で片道40分かけて通った。一人での孤独な作業だった。でもある日、それまでは遠巻きで自分の作業を見ていた農民の老夫婦が、突然ドラム缶を持ってきてくれ、これに水を入れて使えと言ってくれた。小さなじょうろで畑と水道を何往復もしている自分を見かねたようだった。また、別の日にはスコップの使い方を伝授してくれた。それ以降、苗畑までこぐ自転車がずいぶん軽くなったように感じた。他にもいつも困ったときに助けてくれた大家さんや、近郊を何度も案内してくれた馴染みのタクシーの運転手さんなど、例をあげると暇ない。
おばちゃんと手芸中
大好きな多倫湖
協力隊に参加する前、私にとって中国は、これほど日本と近いにも関わらず遠い存在で、どちらかといえばネガティブなイメージが強い国だった。しかし協力隊として飛び込んで実際自分の目で見た中国は、優しくおおらかで柔軟性があり、厳しい環境でもたくましく暮らし、家族との時間・自分の時間を大切にできるゆとりもある素晴らしい国だった。
隊員として私が配属先に目に見える形で残せたものはわずかであったが、私という一人の日本人が2年間この多倫県で現地の人々と共に生活し働き存在したことも、林業・森林保全とおなじくらい長いスパンで見た時、何か意義があったと信じ帰国したい。
(青年海外協力隊 荒川知加子 林業・森林保全 内蒙古自治区 多倫県林業局派遣)
「人民網日本語版」2019年11月22日