どんな信書も実際に信用を守ることには及ばない (2)
「兵は詭道なり」。日本人は中国兵法を学ぶのが好きだ。学んだことを大国間の角逐に何が何でも役立てようとするのも構わない。だが日本は大きな情勢、大きな構造に対していつも誤った戦略判断をする。たとえ戦国の「軍神」山本勘助や上杉謙信を現代に招請したとしても、こうした愚かな政策決定者のために義のない戦で犬死にすることを免れがたいだろう。
こうした誤った判断について、中国が日本のために指摘してあげたことも一度や二度ではない。釣魚島は中国の領土であり、中国は領土主権を守らなければならない。これは原則問題だ。この原則的問題において考えをめぐらし、知恵を絞った結果、日本が圧力を加えれば中国側の譲れぬ一線はいつでも調整できると考えるのは、幻想というほかない。日本は米国に対しても多くの幻想を抱いている。最近のクリントン氏の「日本の施政権を破壊するいかなる一方的行動にも反対する」との発言は確かに日本を勇気づけはしたが、本当に偶発的武力衝突が起きた後に、米国人が必ず後ろから砲弾を渡してくれ、さらには前に出て銃弾を遮ってくれると考えるのは、これはもう幼稚園レベルの判断だ。数人の政治屋が自己満足の空疎な発言を叩くのは構わないが、庶民の生命と財産を弄んではならない。アジアの国を同盟に引き込もうとすることについては、植民地支配者としての日本の歴史的イメージからも、現実的利益への考慮からも、安倍氏の働きかけの効果には大きな疑問符がつくはずだ。
もちろん、親書がしたためられ、それを携えた人も来て、対話と協議によって釣魚島問題を解決するのは悪いことではない。肝心なのは信書ではなく、国際関係の問題の処理における誠意と信用だ。中国人の目から見ると、日本はこの面で深刻なマイナス状態にある。この信書は中日関係の氷を砕くスタートになり得るし、何にもならない可能性もある。安倍政権がどのような行動によって、この信書の歴史的位置づけを論証するかを見なければならない。(編集NA)
「人民網日本語版」2013年1月23日