日本の傀儡政権が偽満州国を設置した地、吉林省の公文書館でこのほど、新たに発掘・整理された旧日本軍の公文書が公開された。これらの歴史的証拠は、日本の軍国主義の犯した一連の罪を証明するものだ。(文:劉文波・人民日報海外版記者。人民日報海外版コラム「望海楼」掲載)
一部の日本人は、「中国人がまた過去を蒸し返した」と不満に感じているかもしれないが、我々中国人とて過去を蒸し返すのが好きなわけではない。ただ、一部の日本人が過去を認めないから仕方なくやっているのだ。第2次世界大戦後、ドイツはナチスを徹底的に切り離し、過ちを認め、隣国からの理解を得た。欧州はその後一体化を進めてEUを設立し、当時の仇敵が今では友人・家族になった。日本がもしドイツのように、正直に過去の過ちを認め、徹底的に改めるならば、我々は昔の恨みにこだわらず、前を向くことができるだろう。しかし、日本の右翼政治家は断固として非を認めず、「そんなことは発生しなかった」、「そんなに殺さなかった」、「これはそっちが悪い」などと言う始末。まさに「ならず者」だ。ならず者に対処するためには、過去を蒸し返し、旧悪を暴き、正しい評価を求めなければならない。
過去の過ちを認め、戦争犯罪を反省することは、少しの痛みを伴うが、恥さらしの行為では決してなく、むしろ他国に尊敬される行為だ。「恥を知るは勇に近し」と言う言葉もある。しかし、一部の日本人にはこの「勇」がなく、いわゆる武士道の「勇」を重んじているようだ。
旅順での虐殺、済南の惨殺事件、南京大虐殺、百人斬り競争、幼児の惨殺、婦女への輪姦、細菌部隊の生体実験――。これらの憎むべき行為は全て、旧日本軍の残虐な暴行を明らかにするものであり、人類・文明に反する罪であり、全世界の正直で善良な人にとっては、口にするのすらはばかられる。
これらの公文書を紐解くことは、歴史の傷をもう一度えぐることに他ならない。日本の右翼は、醜い過去を晒される気分だろうが、中国人が感じるのは心に突き刺さる痛みだ。辛い記憶の中に永遠に留まりたい人などいない。これらの公文書を整理・研究する専門家・学者の多くがうつ病にかかった。一部の公文書からは、日本人の中にも自らの暴虐な行為に耐え切れず、「人間性を喪失した」と感じる人がいたことが明らかになった。日本が敗戦した際、大量の公文書が焼却処分され、間に合わなかったものは地下に埋められた。彼ら自身もこれらの公文書が日の目を見てはいけないことをはっきり分かっていたのだ。しかし後になって、これらの公文書は建設工事により偶然発見された。これぞまさに「悪事は必ず明らかにされ、悪人は必ず天の報いを受ける」ということだ。