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オリンピック精神の原点とはかけ離れた東京の五輪招致

「週刊!深読み『ニッポン』」第49回

「週刊!深読み『ニッポン』」
 近頃、参議院選挙と同様に熱気があるのが東京都による2020年夏季五輪招致活動だ。街のあちこちに貼られた宣伝ポスターに加え、注意深い人なら多くの政治家が長方形で白地に花輪の図案をあしらったバッジをスーツにつけているのに気がつくはずだ(もう1つは拉致被害者を救う会のブルーリボンバッジ)。スペインのマドリード、トルコのイスタンブールとの五輪招致合戦のため、日本は史上最強とされる招致団を結成した。史上最強と称するのは実際、言い過ぎではない。五輪招致委員会の名簿を見れば一目瞭然だ。会長は猪瀬直樹東京都知事で、委員、議長、顧問のリストが長々と続き、政財界や学界を含む日本各界の名士が名を連ね、全閣僚も加わっている。(文:趙剛・中国社会科学院日本研究所日本問題専門家)

 7月2日、日本政府はスイスで行なわれる五輪招致プレゼンテーションに麻生太郎副総理兼財務相を団長とする強大なロビー団を派遣した。会長を務める猪瀬都知事の日本式英語がIOC委員を疲れ果てさせることを懸念してか、また、フランス語圏のIOC委員の好感を得るために、日仏混血の美人アナウンサー、滝川クリステル氏を特別に加え、フランス語でプレゼンテーションを行なわせた。日本での報道の表現を借りるなら、プレゼンテーションは素晴らしい効果を上げた。

 日本は1940年と1964年の過去2回、夏季五輪招致に成功している。

 まず1940年の東京五輪招致を振り返ろう。時は1936年7月。当時の日本は第一次世界大戦戦勝国としての威風があり、五輪招致を成功させねばと強く決意していた。その年の候補国は日本、イタリア、フィンランドだった。競争相手を減らすため、日本側は舞台裏で数多くの活動を展開し、最終的にファシストの独裁者ムッソリーニを直接説得して、イタリア(ローマ)に五輪招致を撤回させることに成功し、36:27でフィンランド(ヘルシンキ)に勝った。日本は同年の札幌での冬季五輪開催権も獲得した。だが1940年の五輪は最終的に開催できなかった。原因は簡単だ。IOCが東京五輪開催を決定した翌年の1937年7月7日、中日間で「盧溝橋事件」が起き、日本軍の中国侵略より引き起こされた抗日戦争(日本の呼称・日中戦争)が全面的に勃発したからだ。日本はこの戦争のために世界で孤立し、経済的にも五輪開催の負担を担えず、やっとのことで獲得した五輪開催権を最終的に返上した。

 だが1940年の幻に終わった五輪が一部の日本人にとって心から消し去ることのできない悲しみであるという言うよりも、現在のより多くの日本人は1964年の東京五輪しか知らないといった方がより的確だろう。

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日本国民   2013-08-05118.159.230.*
日本国内は相変わらず社会問題に関心がなく、自分たちのことだけしか考えない民度が低いカップルで溢れている。街中至る所で流れているJ?POPや、テレビで放送されているドラマもほとんどが恋愛がらみ。ニュースサイトアクセス上位も恋愛絡みで占められることも多く、日本が如何に恋愛で溢れかえっているかが判る。また、これは裏を返せば、日本人が何も考えず、「歴史問題」にも疎いことを象徴している。今のまま日本が「恋愛」で頭がいっぱいであれば、歴史問題で進展することは無いだろうし、所謂「尖閣問題」も進展しない。中国はもっと日本に対して指導等するべき。
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