2017年6月29日  
 

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息が詰まる日本の「独善的」静けさ

人民網日本語版 2017年06月29日10:01

公共の場では静かにするというのはほどんどの日本人にとってすでに公共道徳の一つとなっている。カフェで幼児が騒げば、両親は子どもを抱いて急いで出て行く。なぜなら「子どもが騒ぐのは恥ずかしい事」だからだ。数日前、筆者の新たな隣人である若い夫婦が贈り物を手に訪れ、「よろしくお願いします。9月に子どもが生まれるので、うるさいかも知れませんが、お許しください」と丁寧に挨拶した。筆者が「気にしませんよ」と言うと、若い夫婦はほっとしたようだった。近年、日本人の「静寂好き」はある種極端な状態にまで達し、議論を引き起こしてもいる。(文:黄文煒。環球時報掲載)

日本各地で幼稚園建設計画に地元住民の反対でストップがかかっている。「子どもはうるさい。保護者が迎えに来て道が混む」というのがその理由だ。日本はすでに少子高齢化時代に入っているのに、幼稚園すら建てられないのなら、誰が子どもを持とうとするだろうか?住民に迷惑をかけないためを理由に、子どもを静かにさせざるを得ない幼稚園があることを、保護者や教育界は憂えている。なぜならそれは子ども本来の姿に全く反するからだ。

新年を迎えるにあたり、日本の寺院では除夜の鐘を108回撞くのが慣わしだ。だが東京の千手院や静岡県の大澤寺は「うるさい」との一部周辺住民の不満を受け、2016年の歳末はこの伝統をあきらめた。除夜の鐘が中止を余儀なくされたことに、日本のネットでは悲しみと諦めの声が挙がっており、「除夜の鐘がなければ、年越しの雰囲気がなくなる。日本の伝統文化が『苦情』のためになくなるのなら残念な事だ」といったコメントが寄せられた。また日本伝統の盆踊りにも、大音量の音楽がうるさいと反対の声が上がっているのが現状だ。


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