気がつけば、夏の2番目の節気「小満」が今年も例年通り訪れていた。
旧暦4月に訪れる小満には、万物に生命が満ち始める。たくさん雨が降り、川や湖の水は徐々に豊かになり、作物はすくすくと成長する。この頃から、夏に収穫期を迎える作物が成長し、大きな実をつけて、弾けそうなほどに「満ちる」ようになる。ただ、そうなるまでにはまだもう少しかかるため、「小満」と呼ばれている。
小満の時期には苦菜がよく食べられる。苦菜はフレッシュな味に爽やかな口当たりで、体内の熱を下げほてりを鎮めるなどの効果がある。
小麦粉で蒸しパンや餅を作って食べる人もいる。夏にはより多くの主食を食べた方がいいと伝えるためだ。
小満を過ぎた頃は、あっさりしたものを食べたり飲んだりするのがよく、スイカや昆布などを食べるのがよいとされる。
しかし、なぜ「小満」の後に「大満」はないのだろうか?
実は、「小満」には、中国文化の知恵が詰まっている。
中国伝統文化には、考えや行動が中立であることを意味する「中庸之道」という思想があり、「満々」や「大満」は禁物だ。
「あまり自信たっぷりでは損を招き、控え目の方がかえって得をする」や「満月が欠け始めるように、物事は絶頂期に達すると下り坂に向かう」という古くからの言葉があるように、物事は極点に達すると必ず逆の方向へ向かい、幸せが頂点に達すると悲しいことが始まるもので、どんなことでも「満々」であってはならないのだ。
ノーベル文学賞受賞者の莫言はかつて、「世界で、最も忌み嫌うべきことはパーフェクト。月を見るといい。満月になるとすぐに欠け始める。木に実った果実は、熟すとすぐに落ちる。どんなことでも、少しだけ欠点を残しておかなければ、長続きしない」と語った。
どんなことでも、頂点に達すると、反対の方向に向かって進み始め、一つのことが盛んになると別のことが鎮まり、一つのことが鎮まると、別のことが盛んになるものだ。
つまり、最も勢いのある時は、衰退に近づいているということだ。
食事は腹七分、お茶はコップに7分目と言うように、どんなことでも「少し足りない」程度がもっともいいというのは、古代の人々が私たちに伝えてくれている知恵にほかならない。
人生は「小」満こそが素晴らしい。(編集KS、KN)
「人民網日本語版」2022年5月21日