日本はどのように文化遺産を保護?
京都には多くの魅力ある文化遺産がある。京都市文化市民局・文化財保護課の西森正晃課長は、「京都市の文化遺産は、日本の首都であった京都が千年以上かけて積み重ねてきた歴史の賜物。伝統ある建築物は、京都の文化を継承する上で重要な地位を占める。建築物がこれまで継承されてきたのは、各時代の法律・法規によって守られて来たから」と説明する。
明治維新が起きて以降、日本はすぐに文化財の保護を始めた。例えば、1897年、日本は、「古社寺保存法」を制定し、神社やお寺など、歴史ある建築物の保護を進めた。1900年になり、京都市は都市景観の保護計画を実施した。そして、19年に、日本は「都市計画法」を制定し、京都では24年から、建築物の高さ制限が行われるようになった。
第二次世界大戦後も、日本は京都や奈良などで古都・古城の保護を進めた。50年、日本は、カギとなる文化遺産を保護するために、文化財保護を目的とした唯一の法律である「文化財保護法」を制定した。また、66年には、「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)」を、翌年には同措置法の「施行細則」を制定した。
京都の世界文化遺産を見学していると、そのほとんどが細かい所にまで気が配られ、柵やイス、路地などには、できるだけ、砂や石、竹、木などの自然の材料が使われているため、全てが一体となっていることに気付いた。最も人気の金閣寺や清水寺の周辺では、土産屋などが多く、商業化の雰囲気が濃いものの、世界文化遺産に指定されている龍安寺、仁和寺などには、「世界文化遺産」という立場を誇示する看板や表示はなく、中で土産を買うのにも店をわざわざ探さなければならないほど商業施設は少なく、世界文化遺産とは思えないほどとても地味な存在だった。
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