湖北省襄陽市保康県の公文書館には150年前の「庚貼」(生まれた年月日を書いたもの)の資料が収蔵されている。湖北省北西地域の当時の結婚式に関する風習を知ることができる資料だ。人民網が伝えた。
この「庚貼」は赤い木版印刷で、保存状態がよい。考証によると、こうしたものは今から約150年前の1860―70年代に作られたものだが、現在でも色や図柄がはっきりと残されている。
「庚貼」は開けるように畳まれた形状で、畳むと長さ20センチ、幅10センチになる。合わせると一つの図柄になり、中央には「天長地久」と縦書きにされ、上には竜と鳳凰が描かれ、横方向に「万代富貴」と書かれている。開くと中には「囍」の字が背景の模様に描かれており、外は赤いカバーがついている。
封建社会の結婚は両親や仲人が中心になることで、結婚する当人たちは自分で決めることはできなかった。男女の結婚は始まりから完了まで一連の不文律の慣習のプロセスに則って行われ、「庚貼」は当時の湖北省北西地域の結婚の風習では最も重要なプロセスだった。
当時、一般庶民は両家のつり合いが取れていることを重視し、その上で仲人が両家に話をつけて「お見合い」する手順だった。再三にわたる折衝と同意を経て、まず女性側が女性の年庚(誕生した旧暦の年月日、時間)を通知し、占い師が占った後、赤い紙に記して赤い封筒の中に入れ、男性側の家に送った。女性側の「生辰八字」(誕生した旧暦の年月日、時間)が手渡されてからは、結婚の手続きは男性側が執り行う。男性側はほこらの下に「生辰八字」を置き、もし3-7日の間、皿が割れたり油をこぼしたり、家畜が病気をしたりといったことが何事もなく無事に過ぎ、また縁起のよいしるし(思いもよらない幸運など)があれば、この女性を吉と見て娶る。もし2人の相性が悪ければ、結婚話は取り消しとなり、「生辰八字」を送り返す。
女性を娶ることになった場合、女性側の「生辰八字」と男性側の「生辰八字」を占い師に送って占ってもらい、相性がよければ「合八字」(合婚とも言う)となる。
「合八字」となった場合、男性側は再び調査をし、同意した場合は仲人を送り、「還庚礼」の準備をする。「還庚」とは男性側の「生辰八字」を女性側に送ることで、男性側が女性側に満足して結婚を決めたことを表す。
同館に所蔵されたこの「庚貼」は男性側が女性側に送った「還庚貼」だ。「庚貼」は男女の占い師を証明する今日の結婚証書のようなものだった。社会の進歩と結婚制度の改革にともない、伝統的な結婚風習の証人である「庚貼」も歴史の舞台から姿を消している。(編集YH)
「人民網日本語版」2015年3月4日