写真提供:佐渡多真子さん
―――― その後95年から2年間北京大学に留学した後、一旦日本に帰国してから、フリーのカメラマンに復帰されたんですよね。以前の生活に戻った後に、中国に再び来ようと思ったのはどういう思いからだったんですか?
日本に帰国後、有難いことに仕事は非常に順調で、逆に以前よりも仕事は増えたぐらいでした。ただ、中国で2年間過ごしてしまうと、もう元の生活に戻れなくなっていました。
中国に来る前は、毎日睡眠3、4時間の生活で、幸せになりたくて必死に頑張っていました。でも、仕事が忙しくてデートを何度も断っているうちに、恋人はいなくなり、友達や家族とも過ごす時間がとれず、頑張れば頑張るほど何かが違うという気がしていました。
そんな忙しい生活から一転して中国に来て、みんなで3、4時間かけて餃子を作りながら、たわいのない日々の出来事とかを話したりする中で、そういう何気ない小さな生活の中に本当の幸せがあると感じました。それに気付いてしまうと、もう満員電車で仕事に行ったり、昔のような仕事中心の生活サイクルに戻るのがどうにも辛く感じるようになっていました。やはり中国でやりたい、中国に戻りたいと思って、99年に北京に来る決断をしました。
―――― 中国での生活が何が幸せかを見つめ直すきっかけを与えてくれたんですね。
そうですね。餃子以外にも、家族や友人とか、人と触れ合う時間というのがとっても貴重なんだなと思いました。あと、中国では日本と比べて友人同士の距離が近いんだと思います。いきなり、トントンとドアをたたいて遊びにきちゃうとか。友達になると親戚中巻き込んで良くしてくれますし。でも、友人の親戚が日本に来たら私も同じようにできるだろうか?と心配にもなりましたが。(笑)
■「中国だけは実在と違うイメージが日本で持たれてしまうのはなぜなのか?」
―――― 99年、北京に仕事の拠点を移されたとき、中国ではどんな写真を撮りたいと思っていたのですか?
当時北京ではフリーの日本人カメラマンがいなかったので、とにかく北京にある日本向けの仕事をすべてやりたいと思っていました。このほか、日本にいる時に見ていたものと実際に中国に住んで見えるものが随分と違うことを感じていたので、その違いを発信したいと思っていました。これは初めて深センに行ったときに感じたことにつながるのですが、なぜ中国だけは実在と違うイメージが日本で持たれてしまうのか?という疑問があって、その違いやギャップを伝えたいという思いがありました。
例えば、象を見たことない人によく使う例なんですけど、象の鼻の部分だけずっと見せていると、その人は象って蛇みたいな動物だと思いますよね。人々が象を蛇と信じてしまったのなら、これは誤報ではないか?と思うでしょうが、伝えているその鼻の描写は、決して間違ってるわけではありません。象の鼻は長くて、穴は2つあって、皺があって、毛が生えていて。でも、それだけでは、象はこんなにも大きくて、感情豊かであるという部分は、ちっとも伝わらない。そういう偏りが生じているのかなと思うんです。もう少し全体像だったり、全体が無理でも、それぞれ耳や足やお尻を伝えるメディアや人がいたり、人との交流で伝えていかないと、実像がお互いにゆがんで伝わってしまいます。