今年の両会(全国人民代表大会と全国政協会議)で、政協会議の楊翰委員が自分の提案の中で、民間で初めて対日賠償請求を行った童増さんが今年のノーベル平和賞候補になったことを明らかにした。童さんが候補になった理由は、「長年にわたり第二次世界大戦における中国人被害者の権利の獲得を推進し、この戦争が置き去りにした問題の解決を促すために努力を続けてきた。こうして世界の人々や国際機関から認められ、評価されてきたこと」だという。ここからわかるのは、童さんが25年にわたり苦難の道を歩みながらねばり強く行ってきた民間の対日賠償請求の取り組みが、広く世界に認められるようになったということだ。
童さんは1990年に「中国が日本に求める被害の賠償は一刻の猶予も許されない」とする文書を発表し、両会代表の注目を集め、91年には両会で多くの提案がなされ、92年には貴州省と安徽省で人民代表大会の代表70人が2つの議題を提起した。こうした一連の出来事がメディアを通じて伝えられると、人々の間に大きな反響をもたらし、大陸部では民間の対日賠償請求の大きな波が起こった。こうして童さんは「中国の民間対日賠償請求第1号」と呼ばれるようになった。
童さんは94年、中国人被害者を代表し、日本人弁護士に委託して、日本政府とかつて中国人労働者を酷使した日本企業を訴え、日本人弁護士約300人と日本国民10万人の署名を集めた。日本政府が歴史をゆがめる道を歩んでいるため、2005年には民間の賠償請求裁判の場を国内に戻すことを提唱し推進した。ここ数年は上海市、重慶市、浙江省、河北省、北京市で被害者が相次いで訴訟を起こしており、第二次世界大戦時期に日本へ強制連行された中国人労働者とその遺族計40人が14年2月に三菱マテリアルと日本コークス工業を相手取って提起した損害賠償請求訴訟は、北京市第一中級人民法院で正式に受理され、まもなく審議が始まる見込みだ。中威輪船公司の船舶をめぐる案件はすでに商船三井が2億2千万元(1元は約19.2円)の賠償金を支払っている。