質の管理・監督は日本が戦後工業立国に向け力を入れた重要な分野である。資源の乏しい日本にとって、製品の安定した質を保障すればこそ輸出大国を実現できるという意識があったからだ。人民日報が伝えた。
第2次大戦前から20世紀50年代にかけて、「メイドインジャパン」は欧米市場において「安かろう悪かろう」の代名詞で、日本人もかつては「粗悪」な製品で大損をしていたのだ。
後に日本の招きを受けて訪日し、「日本の品質管理の父」と賞賛されたアメリカの品質管理専門家であるデミング博士は、「生産管理プロセスは管理者が制定したもので、労働者がそこに参加する機会がないことが米式品質管理の欠陥である」と指摘していた。当時の米国では受け入れられなかったものの、この考えのエッセンスを日本企業が汲み取り、生産管理を巡る様々な制度への労働者の積極的な参加を促し、米国発の統計品質管理を全面的品質管理へと発展させていった。
日本式品質管理の最大の特徴は、製品に対する最終検査だけではなく、生産者の立場から出発し、全員が全プロセスに参加することだ。日本が打ち出した「改善」は全世界の管理学における共通の名詞となった。改善は現有の工程・方法を破棄するのではなく、全員で自発的かつ持続的、漸進的に改善すること。
日本企業もかつて独自の品質検査部門を設立して品質検査を担わせたが。様々な問題に直面した。例えば、検査や欠陥品の修理は多くの技術者が必要なだけでなく、修理待ちの製品が山積みとなり、生産に大きな不便をもたらした等がその例だ。後に管理職は考え方を徹底的に転換し、「各プロセスで優良な製品を造る」という理念を確立、各プロセスでそれぞれが検査を行い、次のプロセスに100%合格の製品を送り出すことを要求した。この措置は品質管理部門の莫大なコストを大幅に削減し、従業員一人一人が自身の持ち場の重要性や職責を明確にすることができた。