今から500年前の冬の初め、59歳だった室町時代の禅僧・万里集九は、江戸城を離れて、鎌倉へ行き、六浦(金沢)名刹・称名寺を訪れた。その目的は、中国杭州にある西湖から移植された梅を見るためだったと言われている。杭州日報が報じた。
万里集九
元(1271-1368年)や明(1368-1644年)の時代にかけて、日本の禅僧約400人が中国へ渡り、その多くが、杭州へ行った。しかし、当時、中国への「留学」は決して容易でなく、ほとんどの日本の僧侶が、西湖に行って自分の目で詩に頻繁に出てくる絶景を見ることはできず、ただそれを想像するしかなかった。
五山禅林の禅僧だった万里集九もその一人で、西湖を訪れたことはなく、ただ、西湖の情景に思いを馳せるのみだった。