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AI時代の外国語教育 その苦悩と模索(五)

人民網日本語版 2019年01月31日09:59

人民網ではこのほど、「AI時代の外国語教育 その苦悩と模索」をテーマとする小野寺健氏による連載をスタート。小野寺健氏は特定非営利活動法人日中友好市民倶楽部の理事長を務めるほか、長年にわたり数多くの中国の大学で日本に関する教育指導を行い、「淮安市5.1労働栄誉賞」や「第二回野村AWARD」、「中国日語教育特別感謝賞」などを受賞しているほか、人民日報海外版では「中日友好民間大使」として紹介されている。

 

第五章 外国語教育の歴史

日本においては中等学校の英語教育から始まるエリート教育が外国語教育の始まりであり、近代化創設期の日本においては、欧米の近代制度や技術を紹介することが、学者の主な役割とされ、学会もまたこの様な風潮に異を唱えてこなかった。

ここから、律令制度を唐から取り入れた時代と近代化を進めた明治時代は、社会的な土壌の整わない中で付け焼け刃的に行われたため、単純なコピーとして直接継受と称している。

しかし、藩校や寺子屋などにおいて儒教が広く浸透していたので、お雇い外国人のボアソナードが起草した民法は、「民法出デテ忠孝亡ブ」という民法典論争を巻き起こし、その施行が延期され、封建的な家族制度が温存された。

かくて、法整備が進んだものの近代法の趣旨が骨抜きにされ、後進的な民法が施行されることになった。

この様な事例は法制史においては悪しき事例となるが、自国文化との折衷により成立したため、間接継受と称される。

筆者が初めて訪中した1990年代は、日本語能力試験1級(N1)合格が就職の切り札となり得た黄金期であり、その後は同時通訳と翻訳が花形とされる時代を迎えた。それを裏付ける様に、福田康夫首相の天津訪問時の歓迎の挨拶は、修剛天津外国大学学長であり、通訳は、王健宜南開大学外国語学院院長だった。

この様に、大学教師が長く外交やビジネスにおいて、重宝された時代が続いていたが、筆者が宮本雄二大使の河南省公式訪問に同行した時の通訳は、大使専任の通訳と中国日本商会(日系企業の商工会議所)の雇ったバイリンガルの二人で、その実力の差は、歴然としていた。

こうした大学教師とビジネス通訳者の違いは、大学教師は汎用性が高く、一方のビジネス通訳者は、専門性と即応性が高いと言われている。

しかし時代は移ろい、現在ではN1合格も空手形となり、同時通訳と翻訳もAI時代を迎えて、風前の灯であると言っても過言ではあるまい。

「人民網日本語版」2019年1月31日

第四章はこちら→

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