日本には寺院がたくさんあり、たくさんの伝統文化を呈しているが、その多くは中国から伝来したものだ。日本が京都に都を作る際、遣唐使らが中国の文化制度や科学技術を日本に持ち帰った。それによって京都の都市構造は長安をまるまる模倣したもので、主要な建物の様式も中国の唐時代のものを踏襲している。(文:羅会祥。華西都市報掲載)
京都の清水寺に行くと、非常に多くの中国的要素が目に入り、もはや驚きもしない。清水寺の多くの中国的要素のうち、まずは建築様式について話そう。清水寺を見学していると、あちこちに唐の時代の名残りが見てとれる。特に本殿の広くて大きい屋根、高く反り返った軒先、青い瓦に赤い柱はまさに中国から運んできたもののようだ。寺院の建築様式は全て木造建築により作られており、中国の唐の時代に大流行した建築様式だ。清水寺の本殿も全て木造建築様式、一本の釘も使用していない。139本の木の柱によって支えられ、床下が宙に浮いたように立っており、見たところ中国の吊脚楼と酷似している。宙に浮くように建てられたため、清水寺の本殿を前から見上げると、まるで「大舞台」のようなので、この建物は「清水の舞台」という別名がついている。