当初は、自分ひとりで撮るような小規模な映画作りを頭に浮かべていた。しかしやがて、奥原監督の中にある変化が生まれる。「人との会話を通して、中国のベストセラー作家の何人かは、初版の段階で100万部以上だと聞き、それは単純にすごいなと思った。そのあたりから、中国の13億人という大きさ、広さ、人の数を実感として持ち始めた。そして、それにチャレンジしてみたいという思いが生まれた」。
その後のステップとして、中国の撮影現場を見るため、知人のマレーシア系中国人、林家威(リム・カーワイ)監督の現場に照明技師として入る。「中国の撮影を見たら、とても自由だった。たとえば、電車の中でも、許可を取らずに役者を連れ込んでゲリラ撮影する。三脚を使って車内で本格的に撮っていても、通りがかりの車掌は何も言わない。弁当を売ってたお姉さんに、『君ちょっとそこに座ってて』と言ったら、何も言わずに座って、『もう終わったからいいよ』と言うと、また何も言わずに弁当を売り始める。こんなことが許されるんだとびっくりした。そういう自由な発想の映画作りを見ているうちに、自分でも撮りたくなった」。この刺激的な経験から、奥原監督は当初より、もう少し規模の大きい作品を念頭に、再度脚本を練り始める。
![]() | ![]() |
このウェブサイトの著作権は人民日報社にあります。
掲載された記事、写真の無断転載を禁じます。
Tel:日本(03)3449-8257、080-5077-8156 北京 (010) 6536-8386