■セリフにこだわり過ぎないことが、自然でリアルなセリフを生む
「黒四角」には、このほかにも奥原監督が実際に中国に住んで実感したことや経験したことが数多く反映されている。主人公の売れないアーティスト、チャオピンの行動や友人との会話の内容も非常にリアルだ。また、中国人と外国人との間のカルチャーギャップを感じさせるセリフも劇中に散りばめられている。中国に住んだことがある人なら、どこかに必ず共感する部分を見つけることができるはずだ。しかし、セリフについて奥原監督は、「中国人のセリフを書くことは、外国人にとっては難しい。だから、いかにも外国人が書いたセリフにならないように心がけた。そうすると、今の自分の段階で書けることって、あれぐらいが精一杯だった」と謙遜気味に語る。ただセリフを自然にする秘訣は、セリフにこだわり過ぎないことだという。「セリフにこだわりすぎると、どうしても外国人が話すセリフ回しになってしまう。それを逆に、セリフはどうでもいいという感じで肩の力を抜くと、そこまで違和感がないようになる」。
セリフに関しては、主人公チャオピン役を演じた陳璽旭(チェン・シーシュウ)にもいろいろと助けられたそうだ。陳璽旭は、鞏俐(コン・リー)や章子怡(チャン・ツィイー)などを輩出した舞台・演劇の名門大学である中央戯劇学院を卒業後、主に舞台を中心に活動している役者だが、さまざまなシチューションで意見やアイデアを出してくれた。たとえば、セリフの言いまわしや、歴史の記述、中国ではこうしたセリフのほうがいいといった言葉の選択など具体的なアイデアも出してくれた。とくに、40年代のシーンでは奥原監督自身もわからない部分も多く、非常に参考になったという。チャオピンが友人に付き添って顧客と商談するシーンは、シチュエーションだけ決めて、現場で役者と話し合いながら作り上げたそうだ。それもあって、このシーンは、とりわけリアルなセリフが繰り広げられている。
■北京での映画製作で最も苦労したこと
北京で「黒四角」を撮影する上で最も苦労した点を聞くと、その答えは少し意外なものだった。「資金集め。日本でもいくつかの映画会社に話を持っていったがお金を出してもらうことが難しいことがわかり、自ら集められる金額を親、友人、知人を含めて必死でかき集めた。逆に、撮影については、始まってしまえば、そんなに難しいことはない」。ただ、資金がないことから、お金のかからないロケハンには時間をかけてこだわり抜いた。「結局、お金がない映画っていうのは、何かで勝っていかないと駄目なので、絵が貧しくならないように、かなりロケハンに時間をかけた」。実際、宋荘近くの北京らしい冬の荒涼とした林や、水が枯れてしまった広大な川、胡同(フートン)ツアーなど観光地としても有名な鼓楼あたりの胡同や四合院カフェなど、北京らしい場所や北京在住者でも意外に思えるような新鮮で美しい風景がいくつも登場する。