一生かけて日本の右翼と闘ってきた中国の友人、津田道夫氏に特別な敬意を表す
評論家・津田道夫氏がこのほど東京で死去した。享年86歳。津田氏は、中国人が誰でも知っている人物ではないが、中日史学界の中で、最も慚愧の念を持つ日本の知識人と見られていた。津田氏は、これまで南京大虐殺に関わる本を何冊も執筆して日本の戦争責任を深く追及し、恐れることなく日本人の精神構造を徹底的に解体してきた。文滙報が伝えた。
中国人はある困惑を抱いている。「歴史的事実である南京大虐殺は、なぜ一般の日本国民の『常識』になっていないのか?」。それだけでなく、「南京大虐殺の『否定派』と『まぼろし派』はなぜ日本ではびこり、強い影響力を持っているのか?」「日本人はどのように史実を見ているのか?」。
これらの問いに直面した際、日本の学者はたいてい以下のような行動をとる。(1)傍観者になる。南京大虐殺の歴史・研究に関わらない。(2)戦争の加害者としての罪悪感をできるだけ軽減しようとし、南京大虐殺の歴史を否定し、歴史を改ざんする(3)正しく客観的で正直な歴史学者としての態度で、真相を守り、努力する
「私にとっての問題意識は、なぜ平時の生活にかえれば、『善良な労働者』や『平凡な家庭の父』『礼儀正しい常識人』に復帰するような日本の庶民が中国の戦場でなぜあれだけの残虐行為を行い得たのかということだった」。高度な良識を持つ日本の学者の中で、戦争を自ら体験した津田道夫氏の疑問は最も鋭く、特別なものであったことは間違いない。1929年に生まれた津田氏の本名は浅見浩、戦後、日本の民主化運動に身を投じた。1950年代に日本共産党中央委員会の中央委員に選ばれ、長年月刊誌「人権と教育」の編集長を務めてきた。