笹井芳樹氏(資料写真)
8月5日午前、パソコンで仕事をしていた私は、インターネットで流れたニュースに目を奪われた。「理化学研究所の笹井芳樹副センター長が自殺を図り、現在、病院で治療を受けている」。私は仕事の手を止めて、「自殺未遂」の続報が出てくることを念じた。だが20分余りして入ってきたニュースは「死亡を確認」とのものだった。私は手元の原稿を書き続けることができなくなった。(文:陳立行・日本在住研究者、日中社会学会会長)
私は笹井氏とは専門も違うし、個人的な付き合いもない。メディアでの報道以外の唯一のつながりは、私のよく知る日本人2人が笹井氏の高校時代の同級生だということくらいだ。6月に会った時も彼らは、STAP細胞論文をめぐる騒動の渦中に置かれた笹井氏を心配していた。
先端科学成果の報道はほとんどの人にとってニュースの1本に過ぎず、関心は通常高くない。だがSTAP細胞の報道は当初から多くの一般市民の関心の的となった。筆頭著者の小保方氏が「若く美しい女性博士」だったからである。メディアでは、小保方氏の日常生活やファッション、バッグのブランドなどが細かく報じられ、高校時代の同級生にも取材の手が伸びた。科学成果の報道は完全に質を変えてしまった。だがそれから2カ月も経たないうちに、STAP現象の再現性に疑いがあるとの報道がインターネットから流れ始めた。『NATURE』に掲載された論文に複数の不適切な画像があったとの報道が出始めると、再生科学をまったく知らない人でもが論文の信ぴょう性を話題にするようになった。小保方氏の共同研究者もメディアの注目を集め始めた。
先端科学分野での競争の激化に伴い、各国では盗作や捏造などの重大事件が増加している。2005年には、韓国ソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク)教授がES細胞論文での捏造などでメディアの批判を受け、行政処分の対象ともなった。最近は、黄教授の米国での特許申請も話題となった。STAP事件の調査では、笹井副センター長は実験の操作やデータ・画像の処理に直接参加してはいなかったことが明らかとなっており、責任があるとすればせいぜい指導・監督の責任があるにすぎない。