インタビューに答えてくれたエンジニア(左)と友人。側にはワルシャワで跪くブラント元首相の写真。 |
ベルリン・ブランデンブルク門から100メートル足らずの場所に、毅然とした顔立ちの老人が窓越しに通行人を注視している大きなポスターがある。もう1枚のポスターは、彼がユダヤ人犠牲者記念碑前で跪いている場面だ。ヴィリー・ブラントフォーラムの職員は2枚のポスターはブラント元首相を最も適切に描写するもので、前者はこの政治家に対するドイツ人の敬意を、後者は彼がドイツ人を代表して示した勇気と自尊心を表現していると説明した。
ヴィリー・ブラントフォーラムはブラント元首相の生涯とドイツでの政治経歴を紹介している。ブラント元首相は1913年にリューベックで生まれ、若い頃から社会民主運動に参加した。1933年にノルウェーに逃れ、異国の地で反ファシズム闘争を展開した。第2次大戦終結後、ドイツに戻り、1969年から1974年まで独連邦共和国首相を務めた。首相在任中の最も注目された行動が、1970年12月7日にポーランドを訪問した際、ワルシャワのユダヤ人犠牲者記念碑前で突如跪いたことだ。
「この行為に人々が驚き、ドイツで大きな騒ぎを引き起こしたことは確かだ。第三帝国を経験した多くの老人は、少しやりすぎた行為だと考えた。だが、跪くのは当然だと考える人の方が多かった」と、ある匿名の職員は人民日報の記者に説明。「『ワルシャワの跪き』はすでに、ドイツの指導者がドイツ人全体を代表して歴史を直視し、罪責を担い、第2次大戦時に虐殺されたユダヤ人とポーランド市民に懺悔したことの文化的、政治的象徴と見なされている。全てのドイツ人と国際社会の見識の高い人々は、ブラント元首相の跪きを今では高く評価している」と強調した。人民日報の記者が「少し前に日本の安倍晋三首相が靖国神社を参拝したことについて、どう見るか」と質問すると、同職員は「2つの行動は鮮明なコントラストを成し、全く異なるメッセージを伝えた。ブラント元首相の跪きは国際社会から尊敬を得たが、安倍首相の参拝は大きな争議を引き起こした」と答えた。