2015年9月18日  
 

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中国侵略日本軍元兵士「日中友好の前提は侵略を認め反省すること」 (5)

抗日戦争勝利70周年インタビューシリーズ第9期

人民網日本語版 2015年09月18日10:50

 だが中国政府はこれらの中国を侵略したことのある日本の戦争捕虜たちを死刑にすることなく、教育による矯正措置を行い、彼らが自ら白状し自らの犯行を反省することを促した。「最初は我々も疑いを持っていた。中国人は我々を恨んでいいはずなのに、食べ物をくれ、入浴もさせてくれ、病気になったら病院にまで送ってくれる」。高橋によると、管理所の職員はとてもよくしてくれ、当時は中国自身が窮乏の状態にあったにもかかわらず、食事は量が多いだけでなく、肉や魚まで入っていた。「私が今健康なのはあの頃に体がしっかり作られたからだと思う」

 高橋によると、管理所は彼らに多くの書物や資料を与えた。彼らは中国を真剣に理解し始めた。「3年後、我々の中国に対する見方は変わった。我々が戦争に参加したのは天皇に忠誠を尽くすためだけであって、人々のためではなかったことに気付いた。そして中国の人々に対して我々が犯した罪にも気付いた。

 1954年から1955年の間、管理所の戦争捕虜たちは次々と自白と反省を始めた。1956年の判決までに、ほとんどの戦争捕虜は不起訴となり、日本に送り返された。刑を宣告された45人の戦犯も刑期満了後、日本に送り返された。撫順戦犯管理所の拘留した1000人近くの日本人戦争捕虜は一人も死刑とならなかった。

 日本に帰った後、戦犯に対する国際社会の処理と比較して、高橋は初めて、日本人戦犯に対する中国の寛容が例を見ないことだということを知った。「戦争捕虜を教育・支援することなど、ほかの国では考えられない」。「米国や英国などの戦勝国は戦犯を死刑にしただけだった。悪いことをしたのだから罰するというだけだ」と高橋は語る。「中国政府は最初から我々を死刑にする気はなかった。平和を愛する人に我々を教育し直そうとしただけだった」。「日本に帰って初めて、我々は中国の心遣いを理解した。今に至るまで感謝している」

▽日中友好の前提は侵略戦争の認定と反省

 高橋は日本に帰国後、同じような経歴を持つ戦争捕虜とともに日中友好を積極的に促進し続けた。彼らは日本人に対し、「我々はかつて中国を侵略し、これ以上ない犯罪を犯した。死刑になっても当たり前だったが、中国人は我々を助けた。我々は中国人にとても感謝している。我々は二度と銃口を中国に向けてはならない」と訴え続けて来た。高橋は、「我々がこのように言うのは当たり前だ。我々自身がそう思っているのだから」と語る。

 1957年、生活面での相互援助と日中友好の促進をねらいとして、中国から日本に帰った戦争捕虜らは「中国帰還者連絡会」(中帰連)を設立した。高橋はこの事務局長を務めたこともある。高橋は数十年にわたって、日中友好交流事業に力を尽くし、日本各地の中帰連のメンバーを率いて中国に交流訪問に行き、すでに博物館に改造された撫順戦犯管理所を見学し、管理所で働いていた教員を見舞ってきた。


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