先月、「匠の精神」が政府活動報告に初めて登場すると、あちこちで熱い議論が交わされた。「匠の精神」を発揚することで、中国の「製造大国」から「製造強国」への移行を促し、企業の精密さの追求と品質の向上を促進して、より多くの人々が仕事に関して真面目さ、仕事への敬意、ねばり強さ、革新を追求するようになることは間違いない。それでは工業化の時代に、製造業強国の日本はどうやって「匠の精神」を育ててきたのだろうか。「参考消息」が伝えた。
▽「匠の精神」の文化的基盤
日本の「匠の精神」には長い歴史がある。キャノングローバル戦略研究所の瀬口清之研究主幹は、「日本の成功は伝統的な精神文化を基礎とし、中国古典文化の精髄を吸収し続けてきたことによるものだ。『職人文化』は中国の伝統思想と日本固有の精神が融合したもので、職人と農民は自分の仕事を『天職』とみなし、天に対して忠実でなければならないと考え、全力で仕事に取り組む。日本の農民の文化、町民の文化、武士の文化の基礎はすべて中国からきたものだ」と話す。
日本の製造業の優位性は技術革新にある。江戸時代にはオランダを通じて欧州の科学(蘭学)を学び、それ以外にも独自の革新が数多くあった。たとえば当時のからくり人形は非常に精巧なもので、筆で字を書くことができる。ポルトガルの鉄砲が1543年に伝来すると、模造品が作られ、早くも1575年の長篠の戦いで使用された。この戦いは世界で初めて鉄砲が大量に使用された戦いとなった。
瀬口研究主幹は、「日本企業では生産と開発が一体で、革新が重んじられ、企業は革新を進めなければ倒産してしまう。説明する必要があるのは、政府が主導する科学技術の研究開発は、日本の科学技術の革新のうち20%しか占めていないということ、残りの80%は企業が達成したものだということだ。民間企業は日本の科学技術発展の主力であり、『匠の精神』は日本の科学技術発展の源泉だといえる」と話す。