娘は今でも日本の学校に通いたいと言ってます。娘の希望もあって、昨年は妹の家に滞在させてもらって、夏休みの1カ月間、日本の小学校に体験入学させました。ただ、本人は日本人のつもりなのですが、私からみると、明らかに反応は外国人。
やはり日本の生活を過ごしていないので、すべてが新鮮らしく、しょっちゅう電話してきて、日本は「ちびまるこちゃんの世界と一緒だよ」とか、「日本でもランドセル持ってるよ」とか、「上履きって知ってた?」とか嬉しそうに報告してきました。プールの授業もあったらしく、「私溺れちゃったよ」とこれも嬉しそうに話していて、それはまずいでしょと突っ込んだり。
子供が幼稚園を卒業すると、五十嵐さん一家は、夫の実家にも程近い今の人民大学付近の家に引越ししてきた。子供たちが小学校に通いだすと、子供たちの中国語も一気に上達した。
―― 一応、家庭内では日本語で、父親としゃべるときは中国語という暗黙のルールがあります。でも、時々食事をしているときに、何かの話題をきっかけにみんながわーっと中国語で話し始めて、私1人分からないという状態になったりすることはあります。
ただ、子供にとっても学校のことは日本語でしゃべるのが難しいんですよね。娘が一生懸命日本語をしゃべってくれても、私も中国の学校の状況がよくわからないですし、最終的に何か問題があっても解決するのは夫になります。なので、学校のことは主人に任せて、私は身の回りのことや友人のことがわかればいいかなと割り切っています。
あと、今では子供たちが義両親との間の潤滑油になってくれていますね。もうすっかり中国人なので、義両親ともずっと中国語でしゃべってます。多分、義両親も喜んでいると思います。
子供たちが小学校に上がり、生活が落ち着いてくると、五十嵐さんの着付けやピアノ教師といった特殊技能が、北京在住日本人の間に口コミで広がっていった。