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弓道を中国に「里帰り」させた日本人・内藤敬氏

人民網日本語版 2014年12月10日07:49

「内藤敬先生訪中20周年記念写真展」を鑑賞する学生

「内藤敬先生訪中20周年記念写真展」が、北京師範大学珠海分校で開催されている。内藤氏は、「中国が起源」と伝えられる弓道を中国に伝えた第一人者である。金羊網が報じた。

80歳の誕生日を迎えたばかりの内藤氏は、まだまだ元気でかくしゃくとしている。内藤氏は、60歳の時、はるばる海を渡り中国にやって来た。天津と珠海で過ごした20年間ずっと、「弓道の伝授」に携わってきた。弓道は中国が起源と伝えられており、隋・唐の時代に日本に伝わった。日本では人気のスポーツ競技になったが、中国では全く廃れてしまった。20年間、内藤氏は自分と妻の退職金を生活の糧として、中国の大学で「弓道教育」に身を捧げてきた。

内藤氏は、日本で30年あまり、弓道を教えていた。中国が改革開放の道を歩み始めた1978年、妻とともに縁あって中国を訪れた内藤氏に、中国の教育発展に貢献したいという気持ちが芽生えた。当時は子供がまだ小さく、すぐにその計画を実行に移すことはできなかった。17年後の1995年、札幌第一高等学校を定年退職した内藤氏は、「今こそ、中国教育の道に旅経つ時だ」と感じた。

1995年9月、関連部門の支援のもと、内藤氏は天津軽工業学院で仕事に就いた。だが、さまざまな原因から、その年は日本語を教えただけで、中国人学生に対する弓道の指導はできなかった。

弓道五段の資格を持つ内藤氏は、中国に起源をもつ弓道という伝統的競技を、中国の学生に教えることを強く望んだ。この競技の始まりは、3600数年前の中国に遡り、現在では日本を代表する武道9種目のひとつとなっている。礼儀的様式を重んじ、誠実な態度と礼儀作法が稽古をする人間の道徳規範として定められている。弓道は、日本でその地位が急上昇し、いまでは柔道や剣道を超えて、日本の伝統スポーツの代表的存在となった。

1996年、弓道を教えるという内藤氏の夢が本物になった。天津体育学院から客員教授として招かれたのだ。大学2年生を対象とした弓道の授業を週2回担当した。同年末、中国で初めての日本式「弓道館」が完成、「求実弓道館」と命名された。

内藤氏は2006年、友人からの熱心な招きに応じ、珠海に移り住んだ。「アジアで最も美しい山間の大学」と称えられる北京師範大学珠海分校に、内藤氏は「求真弓道館」を開設した。翌2007年、同校に学生サークル「弓道社」が設立された。これは、同校の中でも最もユニークなサークルの一つとなった。


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