北京をテーマにした作品作りにも挑戦してきた。北京での暮らしを考えた際に頭に思い浮かぶものは何か、ふと思い付いたのがタクシーの運転手だった。オリンピックを境に、今では馴染みのあるツートンカラータクシーの台数が大幅に増え、黄色いシャツを着て街を走る運転手の姿は、矢野さんの目には一つのシンボルとして映っていた。そこで作成したのが等身大の老北京のおじさん「老張」(張は中国でポピュラーな苗字で、親しみを込めて「老張」と呼ばれるため)だ。完成するや否や、作品を一目見たいという声があちらこちらで聞かれ、後日「老張見面会(ファン交流会)」なるイベントも開かれた。どんなイベントもその作品の愛らしさや物珍しさにいつも賑わいを見せるが、矢野さん自身の人となりや魅力に惹かれてやってくる人も多いようだ。
矢野さんがターゲットにしている参加者は「気持ちや趣味が最先端の人」。実際にワークショップに来る人もクリエイティブな職業に従事する人が多い。PR会社で勤めるある中国人女性は、「普段仕事に追われているが、ここに来て作品作りに没頭していると仕事の忙しさを忘れることができる。創造力を求められることが多々あり、その中で幸せなひと時を感じている」。ファッション雑誌編集者の女性は、「作品の作り方を学ぶのも楽しいが、ここで異なる職業や性格の人達とおしゃべりして過ごすこの雰囲気がとても好き」と語る。「そんなこともできるの!?」と彼女たちが作る作品から学ぶことも多々あるという。「私のような中国と日本のハーフの人間にとって、国籍は枷でしかなかったが、ハンドメイドは言葉も必要なく、作品を作っていく過程の中でのジャスチャーで心の通う交流ができる」。羊毛フェルトは参加するすべての人たちの心の癒しであるだけでなく、国籍の違う人と人とを繋ぎ止める鍵のような存在でもあるのだ。