北京における仕事の中で、このことを強く意識させられ、深く印象に残った出来事があるという
――年に1度、日中地域間交流推進セミナーというのを開くのですが、昨年のセミナーが開催された際に、クレアが行っている外国青年招致事業(JETプログラム)に参加した経験者を集めて意見交換会を行いました。その際に、中国の方々が皆、国有化問題の影響で、日本との交流が途絶えたことを非常に嘆いているのが深く印象に残りました。これらの人々は皆日本との交流や交渉を主な仕事として活躍している人たちなので、日本との交流がなくなれば、活躍する場所ががなくなってしまう。
日本の地方自治体は国からは独立した存在なので、なぜ国家間の問題のせいで、地方の交流までストップされなければならないのか?何十年もかけて築いてきた友好関係が無駄になってしまうじゃないか?といった被害者意識を持っていたのですが、よく考えてみれば、1番つらい立場にあったのは、中国側の窓口のこういった人々だったというのが理解できたんです。中国の国家体制では国と地方政府が同じ判断で動くのが当然ですから、日本の事情とは異なります。この経験からも物事は両面見なければならないということを強く思いました。
寺崎さんが北京に赴任した時期は、国有化問題で冷え込んだ中国と日本の地方交流が、徐々に回復し始めた頃だった。
――赴任する直前の2013年6月20日に中日条約40周年イベントが中日友好協会主催で行われました。また、8月頭には、神戸市と天津市の友好都市40周年イベントも行われました。実は、私の出身地でもある神戸市と天津市は、日中間で最初に締結された友好都市です。しかも中国にとっては、初の海外との友好都市がこの締結です。そういう意味でも、国同士の関係が厳しい中で、両国の最初の懸け橋となった両市の友好事業記念イベントが開催されたことは意義深いことであり、神戸市と天津市双方の相当な努力があったからなんです。こうした日中両国の地域間交流に携わる人たちの熱意もあって、現在は、概ね元通りの状態に回復しつつあります。